『日本人は何を捨ててきたのか』 [☆☆]
・戦争という入れ墨をされた。だけど、敗戦後に、それを入れ墨と感じないで洗い落とせるお化粧のように思っちゃうところに日本の知識人の持っている思想性の浅さがあるね。
・歴史的反省というのはいつまですればいいのか。無限にやるというのは、人間の能力を超えていますね。「ここまではやる」と一応決めるのが当然だと思う。
・ネガティブ・ケイパビリティというのは、パアーッと投げられたときに柔道で言う受け身ですね。自分の思想をグッと押し出すのはポジティブ・ケイパビリティ。
・ポジティブ・ケイパビリティというのはキャラクターで、ネガティブ・ケイパビリティはパーソナリティだ。
・東大出るだけじゃハクがつかないと思って、大蔵省に入って、ハーバードの大学院に一年ぐらいいるとハクがついて、それで局長や次官になれるというわけだ。
・戦争というのは、殺した人間と殺された人間が、すーっと両方がせり上がってきて対峙する、この形がはっきり見えてこなければ、戦争を掴んだとはいえないのです。
・靖国神社が殺した相手への鎮魂の場としても開かれていれば意味があると思います。
・日本で最も洗練されたと考えている茶器が朝鮮の無名の人のもって来たものを自分の目で認めてできた。
・東大の学生運動家というのは、左から右になってもまだ威張っているね。あれが面白くてしようがない。テレビでもまだ威張っている。いつも真ん中で威張っている。
・大本営発表では戦えない。陸軍の歩兵はそれで戦えますよ、そんなこと知らないでやるんだから。海軍はひとつひとつの船が自由に動いているから、大本営発表をまるのみにしていたらだめなんです。沈めたはずの敵の船が攻めてきたり。
・共産党にとって転向とは「共産党に従うのか、従わないか」だけなんだから。つまり、それは特高検事が行っているのと同じやり方なんです。顔が表情が似てくるものなんです。
・倫理の問題というのは、そのときのせめぎ合いの中での選択なんです。こういうのは、ただひとつの解答があって、それが理想の形だというふうな絵に描いた餅を作らない。
・アメリカの知識人にとっては、日本の知識人というのは具合のいい存在なんです。自分たちの出した仮説を一生懸命に学習して、それを日本ではこうだと応用してくれるから。
・司馬さんができない平方根の計算を、お父さんがそろばんで簡単にやっちゃうんです。「答えはこうだ、理屈はわからんが」と寂しそうにいう。司馬さんは、「ああ、これが日本の庶民なんだ」と思ったそうです。
・昔からの読者が作家とともに老いながら読み続けるばかりというのが、80年代以降の潮流じゃないかと思うんです。
・たいへん才のあった人だ。だけど、見識のない人だった。
・先生の答えをいつでも自分の答えにするんだ。先生はどんどん変わるわけだから、そのたびに先生に合わせて生徒も変わる。それは絶えざる転向の原型でしょ。
・「ひょっこりひょうたん島」は、実は死んだ子供たちの物語物語だと井上さん自身が明かしたことがあります。とうに死んでしまった子供たちが大海原を漂流している。
・理論はうまくいっても実践が伴わない。まったく知識人を絵に描いたようなものなんだ。
・同性愛はわりあいに気がつくことが遅い人がいるんだよ。女とうまくいかなくなったときにはじめて気がつく。
・児玉は、自分が指揮権を取ってすぐに203高地を落としちゃう。そして、すぐに指揮権を返すから、乃木は伯爵になり軍神になった。
・放蕩の限りをつくしたはずの乃木が、ドイツ留学から帰ると、人が変わっちゃう。それ以後は常住座臥、軍服を着て過ごすような人になります。善人がドイツに行くと完全にドイツ式に染まるんですね。善人は恐いです。
・「ただの人」から外れることを危ないと思うセンスの人は、「ただの人」じゃないということですね。
・上に上がれば上がるほど選択肢が少なくなっていく。そして、そのことがわからなくなってくる。上に上がれば自由が増して、いろいろなことができるという幻想を持ちやすいが、そうではないんだ。
・日本のリーダーは、総理大臣になるとか、大きな運動のリーダーになるというときに、選択肢がもう狭まってきて、自分が視野狭窄になっていることがわからないんだね。
・ただの人が、無実の罪に巻き込まれる。人間の歴史のなかで、それに甘んじるということ、それがただの人ができることでしょう。
・知日にして反日の人の意見というのは、日本を知らずにただ公式的反日をいう人の、いわゆる正義の理屈とは違って、ほんとうに身にこたえる。
・1945年以前と45年以後は、区別が一つだけあるんだね。それは東大を出て高等官僚になったら、賄賂を取るようになった。そして、テレビで同じようなことをいって謝る。「あってはならないことだ」とか、いろんなことをいって、すぐ謝るよね。それだけは、戦前になかった変化だ。天皇制もゆるくなったということです。
・読み手でも、まったくただの人になっちゃったら、おざなりなものばかりいうような人になっちゃって、これはもう読み手としてよくないと思う。
・学歴が高くなったことで、日本に知識人は絶えた。
・この瞬間、コペル君はコドモ時代を脱した。それは、自分中心の「天動説」から、自分もまた大勢の中のひとりにすぎないのだという認識、すなわち「地動説」へのコペルニクス的転換といえた。
・敗北力は、どういう条件を満たすときに自分が敗北するかの認識と、その敗北をどのように受けとめるかの気構えから成る。
・日露戦争のとき日本の軍隊は、児玉源太郎、大山巌の指導のもと「敗北力の裏打ちある勝ち戦を進めることができた」「しかし、この敗北力は大正・昭和に受けつがれることがなかった」。
・敵を研究して、敵を軽んじることなく、しかも勇敢であろうとすること、また攻勢終末点と「戦後」について早くから思いめぐらすこと、それが「敗北力の裏打ち」であろう。
・今次大戦の「戦後」時代は、いわば「負けに乗じた時代」にすぎず、「敗北力」を鍛えたわけではなかった。負けに乗じる性癖はこの六十余年で日本人の肌にすっかり沁みこんでいる。
・当今の日本の首相は重大事象に直面したとき、度を超したいらだちをしめしながら、ひたすら不満と不安を述べるばかりだが、それは「敗北力」とはほど遠い態度である。
・歴史的反省というのはいつまですればいいのか。無限にやるというのは、人間の能力を超えていますね。「ここまではやる」と一応決めるのが当然だと思う。
・ネガティブ・ケイパビリティというのは、パアーッと投げられたときに柔道で言う受け身ですね。自分の思想をグッと押し出すのはポジティブ・ケイパビリティ。
・ポジティブ・ケイパビリティというのはキャラクターで、ネガティブ・ケイパビリティはパーソナリティだ。
・東大出るだけじゃハクがつかないと思って、大蔵省に入って、ハーバードの大学院に一年ぐらいいるとハクがついて、それで局長や次官になれるというわけだ。
・戦争というのは、殺した人間と殺された人間が、すーっと両方がせり上がってきて対峙する、この形がはっきり見えてこなければ、戦争を掴んだとはいえないのです。
・靖国神社が殺した相手への鎮魂の場としても開かれていれば意味があると思います。
・日本で最も洗練されたと考えている茶器が朝鮮の無名の人のもって来たものを自分の目で認めてできた。
・東大の学生運動家というのは、左から右になってもまだ威張っているね。あれが面白くてしようがない。テレビでもまだ威張っている。いつも真ん中で威張っている。
・大本営発表では戦えない。陸軍の歩兵はそれで戦えますよ、そんなこと知らないでやるんだから。海軍はひとつひとつの船が自由に動いているから、大本営発表をまるのみにしていたらだめなんです。沈めたはずの敵の船が攻めてきたり。
・共産党にとって転向とは「共産党に従うのか、従わないか」だけなんだから。つまり、それは特高検事が行っているのと同じやり方なんです。顔が表情が似てくるものなんです。
・倫理の問題というのは、そのときのせめぎ合いの中での選択なんです。こういうのは、ただひとつの解答があって、それが理想の形だというふうな絵に描いた餅を作らない。
・アメリカの知識人にとっては、日本の知識人というのは具合のいい存在なんです。自分たちの出した仮説を一生懸命に学習して、それを日本ではこうだと応用してくれるから。
・司馬さんができない平方根の計算を、お父さんがそろばんで簡単にやっちゃうんです。「答えはこうだ、理屈はわからんが」と寂しそうにいう。司馬さんは、「ああ、これが日本の庶民なんだ」と思ったそうです。
・昔からの読者が作家とともに老いながら読み続けるばかりというのが、80年代以降の潮流じゃないかと思うんです。
・たいへん才のあった人だ。だけど、見識のない人だった。
・先生の答えをいつでも自分の答えにするんだ。先生はどんどん変わるわけだから、そのたびに先生に合わせて生徒も変わる。それは絶えざる転向の原型でしょ。
・「ひょっこりひょうたん島」は、実は死んだ子供たちの物語物語だと井上さん自身が明かしたことがあります。とうに死んでしまった子供たちが大海原を漂流している。
・理論はうまくいっても実践が伴わない。まったく知識人を絵に描いたようなものなんだ。
・同性愛はわりあいに気がつくことが遅い人がいるんだよ。女とうまくいかなくなったときにはじめて気がつく。
・児玉は、自分が指揮権を取ってすぐに203高地を落としちゃう。そして、すぐに指揮権を返すから、乃木は伯爵になり軍神になった。
・放蕩の限りをつくしたはずの乃木が、ドイツ留学から帰ると、人が変わっちゃう。それ以後は常住座臥、軍服を着て過ごすような人になります。善人がドイツに行くと完全にドイツ式に染まるんですね。善人は恐いです。
・「ただの人」から外れることを危ないと思うセンスの人は、「ただの人」じゃないということですね。
・上に上がれば上がるほど選択肢が少なくなっていく。そして、そのことがわからなくなってくる。上に上がれば自由が増して、いろいろなことができるという幻想を持ちやすいが、そうではないんだ。
・日本のリーダーは、総理大臣になるとか、大きな運動のリーダーになるというときに、選択肢がもう狭まってきて、自分が視野狭窄になっていることがわからないんだね。
・ただの人が、無実の罪に巻き込まれる。人間の歴史のなかで、それに甘んじるということ、それがただの人ができることでしょう。
・知日にして反日の人の意見というのは、日本を知らずにただ公式的反日をいう人の、いわゆる正義の理屈とは違って、ほんとうに身にこたえる。
・1945年以前と45年以後は、区別が一つだけあるんだね。それは東大を出て高等官僚になったら、賄賂を取るようになった。そして、テレビで同じようなことをいって謝る。「あってはならないことだ」とか、いろんなことをいって、すぐ謝るよね。それだけは、戦前になかった変化だ。天皇制もゆるくなったということです。
・読み手でも、まったくただの人になっちゃったら、おざなりなものばかりいうような人になっちゃって、これはもう読み手としてよくないと思う。
・学歴が高くなったことで、日本に知識人は絶えた。
・この瞬間、コペル君はコドモ時代を脱した。それは、自分中心の「天動説」から、自分もまた大勢の中のひとりにすぎないのだという認識、すなわち「地動説」へのコペルニクス的転換といえた。
・敗北力は、どういう条件を満たすときに自分が敗北するかの認識と、その敗北をどのように受けとめるかの気構えから成る。
・日露戦争のとき日本の軍隊は、児玉源太郎、大山巌の指導のもと「敗北力の裏打ちある勝ち戦を進めることができた」「しかし、この敗北力は大正・昭和に受けつがれることがなかった」。
・敵を研究して、敵を軽んじることなく、しかも勇敢であろうとすること、また攻勢終末点と「戦後」について早くから思いめぐらすこと、それが「敗北力の裏打ち」であろう。
・今次大戦の「戦後」時代は、いわば「負けに乗じた時代」にすぎず、「敗北力」を鍛えたわけではなかった。負けに乗じる性癖はこの六十余年で日本人の肌にすっかり沁みこんでいる。
・当今の日本の首相は重大事象に直面したとき、度を超したいらだちをしめしながら、ひたすら不満と不安を述べるばかりだが、それは「敗北力」とはほど遠い態度である。
2012-01-29 13:52
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