So-net無料ブログ作成
検索選択

『素晴らしき数学世界』 [☆☆]

・私は大方のジャーナリストが数学を理解していないことに不安を覚えた。道路に並べられたコーンの数の求め方を見つけるのは、とりたてて難儀なことではないが。が、同僚にとって、その計算法にいたる道のりは果てしなく遠いものだった。

・中学の数学で習うことは、17世紀のなかばには知られていたことばかりだし、高校の数学で習うことは、そのほとんどが18世紀のなかばにはわかっていたことだ。

・われわれの線形尺的な数の認識は、対数尺的な認識ほど脳の深いところに根を下ろしているわけではない。数を認識する力は驚くほど脆弱で、厳密な数を扱う能力は使わずにいるとすぐに錆びつき、おおまかな量と比率から大きさを判断する直感が幅をきかせるようになる。

・おおまかな数を見積もる能力と正規の数学の成績のあいだに強い相関があることがわかった。どうやら、数を見積もるセンスがすぐれているほど、数学で良い成績をとる見込みは大きいということらしい。

・数学の知識が乏しい成人は、同等の能力をもつ者に比べて、職を失ったり鬱状態に陥ったりする可能性がはるかに大きい。

・失計算症は失読症の数字バージョンとも言われ、発症率もほぼ同じなら、総合的な知力と関係がないことも同じだ。

・ユークリッドの『原論』以来、演繹はすべての知的探求における、究極のスタンダードとなっている。

・彼らはGPSが発明される1000年以上前から、メッカの方角を知るために、こみいった天文学的な計算をおこなっていた。それもまた、イスラム世界の科学がほぼ1000年にわたって他に先んじていた理由のひとつだ。

・これは数学か魔法かと問われると、彼はこう答えることにしていた。「両方です。理解するまでは魔法、理解すれば数学ですから」。

・素早く暗算する能力は数学的な洞察力や想像力とほとんど相関がない。電光石火の暗算名主として鳴らした大数学者は一握りで、多くの数学者は驚くほど計算が苦手だ。

・現実問題としてπを小数第72位まで知る必要はないし、第35位までだって要らない。精密機器のエンジニアには第4位までで十分だ。第10位まであれば地球の外周を1センチ以下の制度で計算できるし、第39位まであれば今わかっている宇宙の外周を水素原子の半径の精度で計算できる。

・現在手に入るあらゆる乱数セットのなかで、πの小数展開が最高なのである。とはいえ、哲学的なパラドックスも存在する。当たり前だが、πそのものはランダムではない。たとえば、πの各桁がほんとうのランダムなら、小数の1桁目が1である確立は10パーセントしかないはずだが、われわれは1桁目が1だと絶対的な確信をもって知っている。πはランダムさをランダムさなしに表している。

・世界的なブームとなった数学絡みのパズルはこれまでわずか4つ、タングラム、15パズル、ルービックキューブ、数独しかない。

・手品を好きなのは世界の不思議さに驚嘆する感性を育むからだ。

・フィボナッチ数列には「再帰性」という重要な性質がある。これは、先行する項の値によって新たな項が生成されることを意味する。このことから、フィボナッチ数が自然の系においてこれほど広く見られる理由が説明できる。多くの生物は、再帰的なプロセスによって成長するからだ。

・市場をあとから見直せば、φに合致する関係はごく簡単に見つけられます。問題は、あと知恵は将来の予測とはまったく違うという点です。

・確率の発明こそ、この数世紀の間に迷信と信仰が廃れてきた根本的な原因だと言ってよいだろう。予測不可能な事象が数学的法則に従うなら、神を持ち出す必要はないのだ。

・破滅的ではない金額の損失に対して保険を掛けるのは無意味ということになる。たとえば携帯電話の紛失に対する保険がその例だ。携帯電話は比較的安価だが、これに対する保険料は高い。平均すると、保険に入るよりも、紛失したら新規に購入することにしたほうが得だ。

・ロトくじがきわめて有利な賭け事となる場合もある。こうなるのは、賞金が次回に持ち越される「キャリーオーバー」によって、生じうる数字の組み合わせをすべて買う費用よりも賞金のほうが高くなったときだ。

・社会が常に一定数の殺人者を生み出す装置のようなものなら、殺人は個人ではなく社会の責任ということにならないか?

・<<スポーツ・イラストレイティッド>>の呪いは単に平均値への回帰の実例にすぎない。過去最高の成績は極端な事象に相当し、極端な事象のあとには平均値への回帰に従って、それより極端ではない事象の起きる可能性が高くなる、というわけだ。

・双曲面は、最小の体積で最大の面積を実現する。この形状を好む植物や海洋生物がいるのはそのためだ。生物が大きな表面積を必要とする場合(たとえばサンゴが栄養を吸収するために)、双曲面を形成しながら成長する。

・ある幾何学が他の幾何学より正しいということはありえない。ただし、もっと都合がいいということはありえるのだ。たとえば定規とコンパスと平坦な紙を使う学童にはユークリッド幾何学が適切で、飛行機を操縦するパイロットには球面幾何学が最適だ。

・文学と映画は、数学と狂気の結びつきを美化して描く過ちを犯している。これはハリウッド映画のストーリーの条件を満たすにはぴったりの月並みのやり方だが、不当な一般化であることは言うまでもない。

・カントールはわれわれに果てしなくたくさんの数を与えてくれたが、もはや数える対象のほうが足りない。

・宇宙の曲率を調べるに当たって皮肉なのは、宇宙が平面であることを決定的に証明するのは不可能だということだ。というのは、必ず測定誤差が生じるからだ。反対に、宇宙が湾曲していることを証明するのは、理論上は可能である。測定誤差を考慮したうえで測定結果から得られる曲率が非ゼロならば、そういうことになるだろう。



素晴らしき数学世界

素晴らしき数学世界




nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

関連リンク