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『不寛容の本質 なぜ若者を理解できないのか、なぜ年長者を許せないのか』 [☆☆]

・ネットメディアは、豊富な情報へのアクセスを容易にしたが、データだけではなく判断の基準となる価値観の尺度も対にして提供するようになった。

・何よりきびしいのは、多くの生活者にとっての「予見可能性」が減少したことだ。予見可能性の現象は、自己決定と選択の機会の増加を意味する。

・Googleが「Google Public Data」というサービスを提供していて、さまざまなデータをビジュアライズすることができる。

ライフステージごとの消費や給料の伸び、長期の住宅ローンを通じた「夢のマイホーム」購入……。こうした「見通しの良さ」を「つまらない」と切って捨てることは簡単だが、人間の社会はその長い歴史を通じて貧困を克服し、生活を向上させ、次の世代の繁栄を願ってきた。

・論壇誌を手に取り、実際に読んだことがあるという人は今ではそう多くはないはずだ。

・知識人(幻想)は読者共同体との暗黙の信頼関係によって成立していた。読者が「知識人」を社会のリーダーだと信任するので、その言葉に耳を傾け、それを受けて知識人たちはいっそうその地位を確固としたものにしていくのである。このようなマッチポンプの関係は今ではすっかり消え失せてしまった。

・「ニュース」は文字通り新規で、物珍しい出来事が発生することを待ち望んでいる。それが誰かの不幸かどうかは二の次で、視聴者の好奇心を刺激し、視聴率でスポンサーの歓心を買うか否かがニュースとメディアの行動を少なからず規定している。

・近年境界性パーソナリティ障害や発達障害、学習障害を抱えた少年らが特殊詐欺の使い走りとしていいように使われ、状況がわからないままに逮捕されるという事案が頻発しているそうだ。

・法務教官から伺った話では、生活指導の面では、鼻をかむ仕方を少年院ではじめて学んだり、歯磨きや、持ち物の整理整頓の習慣もそこではじめて学んだりする少年も少なくないという。






不寛容の本質

不寛容の本質

  • 出版社/メーカー: 経済界
  • 発売日: 2017/02/23
  • メディア: Kindle版



タグ:西田亮介
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