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『芸能人寛容論 テレビの中のわだかまり』 [☆☆]

・味方を増やそうとしすぎると、味方以外からはすっかり罵られやすくなる。

・東日本大震災以降の「絆産業」というか「立ち上がろう産業」というか、スローガン重視のプロジェクト。

・「他者からの承認は、いりません」「自由とは他者から嫌われることである」とするアルフレッド・アドラー。

・CMカット機能で録画して自分の見たい番組だけを見ている人と、テレビをつけっぱなしにしている人とでは、石原さとみとの接触頻度が大分異なってくる。

・盛者必衰の世界で、盛者になりすぎないことで必衰を避けて通る。

・人は、無力だから群れるのではない。あべこべに、群れるから無力なのだ。

・伊集院光がラジオでこんな話をしていた。お寿司屋さんに行き、「約束通り来たぜ」とつぶやきながら暖簾をくぐり、黙々と寿司を食す。その翌々日に同じ寿司屋へ出向き、数々の無礼を働き、しびれを切らした大将がキレる。「おととい来やがれ!」。大将はふと思い出す、おととい、目の前にいる男が「約束通り来たぜ」とつぶやきながら入店してきたことを……。

・反知性主義か、とも思ったのだが、どうにも少し違う。これは無知性至上主義だ。インテリジェンスは敵ではなく、はなから存じ上げていない。

・本当に売れている人は、話題になったりしない。話題になる人は、話題がなくなったら消えていく人。話題にはならないけれど、コンスタントにテレビに出ている人こそが、芸能界の第一線で活躍している人、本物なんだよ。

・彼は主演映画を計五回、異なる映画館へ見に行き、各地での反応を比較しては、笑う場面が地域によって異なることに気づいたという。これは「身銭を切って庶民目線な私」とは一線を画す。庶民は同じ映画を五か所で見ない。

・座高測定は戦時下に「胴長は健康だ」との指針から導入された。

・「俺はロックだから」ですませようとする。周囲は「さすがですね~」と持ち上げるのだが、それがおおよそ嘲笑であることに、当人はなかなか気づかない。

・「私は私」的なことをスローガンのように使う人を見かけると多くの人は「芯が強い」などと思うわけだが、実は、他者がどうであるかを気にしまくっているからこそ「私は私」と発するわけである。

・アイドルに「やらせていること」が、いつの間にか本人が「やっていること」に姿を変えると、あとは全体の物語・シチュエーションを用意するだけで事が運ぶようになる。

・あれは、ただ者ではないが大物でもない。

・小さいけれど大きくて、世界がすっかり入るもの、それは私の心なのである。

・ワイドショーは、正確なオピニオンよりも、扇状的な感想を求める。



芸能人寛容論: テレビの中のわだかまり

芸能人寛容論: テレビの中のわだかまり

  • 作者: 武田 砂鉄
  • 出版社/メーカー: 青弓社
  • 発売日: 2016/08/15
  • メディア: 単行本



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