So-net無料ブログ作成
検索選択

『狂気へのグラデーション』 [☆☆]

・ある種の境界を踏み越えることが狂気であるならば、それが悪行となるか、善行となるか、それは他者が、そしてそのときの文化が判断するだけのことである。

・狂気を招来してしまう一つの方法は、「狂気のフリを続ける」ことである。狂気のフリを「続ける」ことは、狂気である。

・立入禁止の場所に入り込むときの、肌がヒリヒリするような感覚を失ってはならない。慣れてはけない。そして、わかった上で腹をくくって入り込まなければならない。

・「自分には才能はありません」という言葉も大変良く聞くが、一体誰と比べているのだろう。70億人の頂点に立たなければ才能がないとでも言うのであろうか。思い上がりも甚だしい。

・あるナンパ師が、「落とすまでが重要で、セックス自体は相手を喜ばせるための奉仕だ」などと無茶苦茶なことを言っているのをどこかで読んだが、それはわからなくもない。目的はコントロール自体であり、粘膜の摩擦ではない。

・いわゆる生物としての、子孫を残すための性欲ではない。人間にとってのエロティシズムは、コントロール欲と密接に関係を持っているようである。

・「受け入れてほしい」とは、「受け入れさせたい」をマイルドに言い換えただけともいえる。

・未成熟の愛は「私はあなたを必要とするゆえに愛する」といい、成熟した愛は「私はあなたを愛しているので、あなたを必要とするのだ」という。

・生き残る人に共通するのは、「考える力」があることである。ある意味では、頭が良くなければ、結局生き残れていない。

・ある女性は、自分のことが大嫌いである。そして、その女性のことを否定的に見ているような、ある男性が現れる。するとどうなるか。そう。その女性は、女性自身のことを否定的に見ている男性のことを「好きになってしまう」。なぜなら、女性側からすれば、その男性は自分と共通の「嫌いなもの」を持っている相手である。趣味が合う。だから好きになってしまう。

・相手が大切にしているポイントをつかみ、そこをほのかに褒める。これは効く。

・「面と向かって相手を認める」というぐらいでも、続けられる人は案外稀である。これは、相当の精神力を必要とする。「理想の上司」と言われるような人物像は、これができる強力な精神力と観察眼を持っている。そして、あまりいないからこそ、理想とされる。

・恨みを持たない人というのがどれだけいるのだろう。恨みを表に出さない人ならいる。しかし、抱かないという人がどれだけいるのか。

・「良かったところ」というのは、繰返されると慣れてしまうものである。慣れたら最後、それが基準となり、減点法が再開されてしまう。あまつさえ、良かったということが記憶にすら残らなくなる。

・できれば、良いと感じた部分はどこかに書き付けても良いのだろう。日付とともに。どうせ、厭だったことは覚えているのだから、それは書かなくても良い。忘れられればそれに越したことはないのだから、刻み込む必要はない。

・改善策を伴わない指摘が悪口と呼ばれる。悪口で終わらないためには、改善策が必要なのである。

・大抵の人は改善策のない指摘で終わる。悪口を言って、それで周囲の共感を得て、味方を作り、他の人よりも「良くものが見えている」ことを自慢して終わる。あるいは周囲の人々と「同じものが見えている」ことをアピールする。レベル1。

・話し上手とは、良い野菜を作る農家である。聞き上手は、その調理によって素材の良さを引き出す料理人である。

プレゼントを渡すことは極めて難しい。なぜなら、本当に欲しいものならばその人は既に買っているであろうし、必要がないものなら欲しいとも思っていない。だから、「自分では買わないけれど、貰ったらうれしい」という実に微妙なラインを攻めなければならない。

・少ない情報であってもかなり正確な行間を読み取る人もいるだろうし、誰でも理解できるほど大量の情報があって初めて「あー!こういうことかー!」となる鈍感な人もいるのだろう。そのあたりで差が生まれる。それは、詩を読んでも、物語を読んでも、音楽を聴いても、絵を見ても、差が出る。

・他者の悩みを聞くことで、妙な優越感を感じ、そしてそこから養分を吸い取って生きているかのような人々。はりついたような、妖怪の笑顔。

・違和感を覚えることができること。それが直観である。

・自分でできる表情については、他者の感情も看取できる可能性は高まる。

・演技の下手な役者は表情の数が少ない。微妙な表情の変化を演じ分けることができない。それはつまり、脚本を読んでも、人物の微妙な気持ちの動きを理解できていないということともリンクしている。

・覚え込むことは、考えることとは違う。情報を集めることは、考えることとは違う。

・ヒトが、楽であることを求める。省エネを求める。そこをうまく突いて、金を巻き上げる。常套手段であろう。

・私には、癇癪を起こした小さな子供の姿が見えた。表面上は、偽装を指摘する冷静な大人を装っていたとしても。

・多くの場合人は、自分が相手に何を押し付けているのか、意識化することができない。そして、無意識的に相手に押し付けている自分側の理想を裏切られたとき、怒りが湧き上がる。

・多くの場合、迂闊である自分の姿に気づかせた相手に対して怒りを持ってしまうものである。これが「恥をかかされた」感覚でもあるのだろう。

・「どうせ俺なんか」というパターンでは先に進めない。それは、単に慰めてほしいだけであったり、本当は違うよね、君は凄いんだよねと言ってほしいだけであったりする。

・趣味とは、金を払って楽しむものである。対して仕事とは、嫌なことをするかわりに、お金をもらうことである。

・仕事選びの最大の基準は「やっていて、苦でないもの」である。

・大抵、苦ではなく行なえるもののことを、他者は才能と呼ぶことが多い。

・私はよく「邪悪さを身につけることが必要である」という言い方をしている。しかしそれは、他者に対して害を与えるように振る舞え、ということではない。そうではなくて、じっとしているだけでも他者に対して害を与えてしまう自らの存在を意識した方が良い、ということである。

・悪は人間離れした怪物が生むものではなく、むしろ凡庸さ/陳腐さの産物なのだ。したり顔でナチスの残虐行為を糾弾する人も、その場におかれたら平気でガス室のボタンを押していただろう。

・精神疾患の根本にある基準は「金が稼げないか、自分が困っているか、他者が困っているか」である。いずれも該当しない場合、どれほど基準を満たしていようとも、診断名は必要ではない。

・他者の「せい」であろうが、自分の「せい」であろうが、「~のせい」という部分で思考が止まってしまう人のことを総称して、幼いと呼ぶのである。

・原因がわかった上で、さて自分が何をするか。それが問題である。

・大抵、大きなミスをするのは調子が良いときである。それは事業であっても、金融であっても、対人関係であっても、おそらく何でも一緒である。

・「人を見る目がある人」は、他者の調子が良い状態を特に観察しているようである。状況や精神的コンディションが良いときに、どれだけ節制できる人なのかどうかで、その人のキャパシティを判断することが多いようであった。

・精神的に不安定な方は大抵、気分の波乗りが下手である。調子が悪いときに何もできなくなることを知っているだけに、調子が良いときには「もったいない」感じがしてしまう。そして、睡眠時間を削り、様々な活動をしてしまう。その分、調子が悪くなる波が訪れた際、落ち方が急激なものになってしまう。

・30~40日目というのは、アメリカの戦争医学なんかのいう、兵隊が突然やる気をなくす時ですね。ベトナム戦争の時に30日ぐらいでヘリコプターで後方に連れ返して休養させたのは、40日目のくたばりを防ぐためだったんです。

・見た目があまりにも整っていること。美しいこと。かわいいこと。それは一種の「畸形」である。通常の形態ではない、いわゆる統計上の「外れ値」なのである。

・「若さ」は、そのまま武器として使うのではなく、目減りしていかないタイプのものを「増殖させるため」に用いなければならなかったのである。具体的に言えば、「視力」が整っているうちに本を読むことであったり、「長距離歩いても大丈夫」なうちに様々な場所を見に行っておくことであったり、ということにはなるのだろう。

健康のためにジムに通う人はそれなりに居るが、脳と思考の健康のために読書会に参加する人というのはほとんど聞かない。

・「知りたくもないもの」について考えざるを得ない状況を作ることは必要である。それは知的体力である。

・しかし日本人には、個を主とした思考パターンは馴染んでいない。日本は「場」を主とする国である。集団ですらない。それは、「場」なのである。

・アウトサイダーにとって、周囲の人間は皆、死んだもののように見える。生きながらにして死んでいるように見える。ゾンビである。とにかくここが自分の存在すべき場所ではないという強烈な感覚を持ち続けて生きている状態である。

・「個」を主とした場合には、最強の個である「ヤハウェ」「アッラー」との接続。「場」を主とした場合には、最強の場である「無」「空」との接続。このように考えれば、日本におけるアウトサイダーの在り方も見えてくるように思われる。



狂気へのグラデーション

狂気へのグラデーション

  • 作者: 稲垣 智則
  • 出版社/メーカー: 東海大学出版部
  • 発売日: 2016/07/13
  • メディア: 単行本



タグ:稲垣智則
nice!(0)  トラックバック(0) 

『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』 [☆☆]

・人間文明をシロアリたちの蟻塚と比べる。どちらの場合にも、目に見える驚異的な堅牢性と効率性を生み出した設計上のイノベーションは、個々の個体が考案したものではなく、そうした個体のほとんどは気がついていない、何世代にもわたる近視眼的な活動がもたらした幸せな結果なのだ。

・ホモ・サピエンス・サピエンスは、同じ種の中で遺伝的にまったくつながりのない構成員と、入念な作業分担──ときには分業ともいう──を行なう唯一の動物だ。

・過去1万年を見れば、歴史から学ぼうとしなかった者は、学んだ敵に直面して死を迎えるまで己の欠点に気づかないことも繰り返し指摘されているのだ。

・近未来の飛行機コクピットにいるのは、人間ひとりとイヌだけになるとのこと。人間の仕事はイヌにエサをやることで、イヌの仕事は人間が操縦機器に手を触れようとしたら噛み付くことだとか。

・自宅周辺だけで欲しい物はほとんど何でも買えるという思い込みは、いかに巧みに洗脳されてきたかを示しているにすぎない。遠出しないと手に入らないものを、そもそも欲しいと思わなくなってしまっているのだ。

・地雷を作っている工場労働者や、その輸出を許可する公務員は、自分たちが5年先に地雷を踏んで死ぬ子供の殺害の従犯者だとは考えていない。

・打算にだけ頼る人たちはあまりに日和見主義なため、誰からも信用されない。計算などしないで返報性だけに頼る人たちは、簡単に喰いものにされてしまう。

・子供の誘拐殺害についてのテレビ報道は、実にまれな残虐行為として衝撃力を持つが、報道メディアは実に広い世界からニュースを漁るので、視聴者さえ求めるなら、そんなニュースは毎日だって流せる。

・私たちのリスク認識は、実際の頻度よりも、それがいかに目立つかということで形成されがちだ。

・マッチ不足を理由に農家ではガスコンロを1日24時間つけっぱなしだったという。

・今日の世界に住む市民なら、自らの手で死ぬ確率の方が、他人の手にかかって死ぬ確率よりも高いのだ──ただし、その人が車を運転しているときは別だが。

・彼らは金で堕落していたが、彼は感情で堕落していた。感情のほうがずっと危険だ。なぜなら、金で解決できないからだ。

・赤ん坊が生後たった数週間でまっ先にできるようになる社会的相互関係は、微笑みかけてきた人に微笑み返すことだ。

・ダイヤモンドは、価値が高く、耐久性に優れ、盗られないよう隠すのも簡単だが、本物の宝石と偽物を見分けるにはかなり高度な専門知識が必要なため、交換媒体として使われることはめったになかった。

・今日ではお金の匿名性は当然のことに思える。おかげでお金は、清潔さと少しばかり邪悪な性質を併せ持つようになった。

・ソロモン諸島の貝貨は、19世紀末まで、首長用と平民用が区別されていた。その副次的な影響として、首長の妻と性的関係を持った平民は死刑になってしまった。その行為自体が死罪だったからではない。それはむしろ所有権侵害行為とされており、その他の所有権侵害行為同様に罰金刑にしかならなかった。しかし罰金は貴族通貨でしか支払えなかったため、罪を犯した平民はもともとの違法行為ではなく罰金不払いの罪で処刑されてしまった。

・あまりの多くの人々が、リスクについての難しい判断を自分にかわってやってくれると他人を無批判に信用してバブルが生じ、そしてそうした判断について他人を信用できるかどうかをみんなが見直したために暴落が生じた。

・社会的に容認される結婚は長く続くし、危機もうまく切り抜けられる。シェイクスピアがあの2人の若い恋人たちを殺したのは、2人が後悔だらけの中年になった姿など想像したくなかったからだ。

・人間社会とアリやハチなど社会的昆虫のコロニーとの間の類似性を指摘したがった。実際には、こうした対比は誤解のもとだ。現代人間社会は、アリ、ハチ、あるいはシロアリのコロニーとは似ていない。

・その創造物が建築物のように見えたからといって、別にシロアリは建築家ではないということだ。

・小説家たちは読者の感受性を広げようとするときに、誰もが知っていることではなく、人々が気づいていないか正当に評価していない都市生活の特徴に専念する。鼻孔にまでつきささるような18世紀パリの悪臭を体験するには、現代作家パトリック・ジュースキンに頼ろう。

・世界中のどの都市でも、金持ちは自分の出した廃棄物を十分安全な離れたところに運び出すが、貧乏人はそれらに囲まれたまま暮らしている。

・個々のゴミ拾いとドブさらいが自分でかき集めたものは、そのままでは誰も富を蓄えることなどできないのは疑いようがないが、骨やぼろや犬の糞でも「大規模」に集めれば、すなわちある一人の「親分」のもとで多くの人が働けば、人々が厭う大都市のゴミが大きな富の源になる。

・確かにヨーロッパ人は残忍ではあったが、彼らが殺したアメリカ先住民の数は、ヨーロッパ人が持ち込んだ病気に対する免疫がなかったために死んだ数に比べれば微々たるものだ。

・水が媒介する病気による下痢だけでも、2004年の試算では世界で年間180万人を死に至らしめているという。その死亡数は毎日12回、ジャンボ・ジェットが墜落するのに匹敵する。

・安定性こそが工業、農業薬品として利用価値の高い特質だ。そうでなければ不活性化して化合物としての本来の役割を発揮できなくなってしまうからだ。だから世界中の研究所で化学的構造がなるべく長く維持されるよう努力が注がれているが、これはまさに視野狭窄の好例だ。それはその持続性が自然環境にもたらす結果を無視しているからだ。

・多くの企業がどの業務を自社でこなし、どれを社外に委託するかについて堅実な判断を強いられることになった。競争力のない社内供給者などという贅沢品を企業が維持するのは、ますます難しくなりつつある。

・大型動物は大量のエネルギーを消費するために、環境が思いやりをもって養ってくれなければ生きていけない。だからこそ世界中でうまく適応した動物を見ると、極端に大きな動物はあまりいない。

・だからこそ恐竜のような巨大生物は環境の突然の変化に脆弱なのだし、大型動物に最も適した環境が、比較的安定した海である理由も同様だ。

・大会社はただ運営し続けるだけで莫大な量の資源を消費するので、その環境──所有者、顧客、政府──が優しく養っていかなければ長く生き残ることはできない。あまりに大きくなろうとした会社──エンロン、ワールドコム、リーマンブラザーズ──は、たいてい餌の供給が途絶えて死に絶える。

・モーツァルトは貧困のうちに死んだ。現在ではモーツァルトに比べれば塵ほどの才能しかない音楽家たちが億万長者になり、インターネットで自分たちの歌がタダでダウンロードされたと愚痴を言う。

・誰だって、多少でも能力が劣っていたり、知名度が低かったりする他の歌手を聴くくらいなら、少し多めに払ってでもパバロッティの声を聴きたがる。だからこそパバロッティは年に数百万ドルも稼ぐ一方で、他のほとんどのテノール歌手は、なんとか暮らしていける程度の稼ぎしか得られないのだ。

・ジェームズ・ワットの蒸気機関に最も重要な改良が加えられたのは、彼の持つ特許権が失効した後のことだった。

・私たちの政治的意見だって、投資判断に劣らず口コミに左右され、群衆行動に流されやすい──いや投資判断よりひどいかもしれない。政治では、自分の意見に対して自分の金を払う必要がないのだから。

・1950年代アメリカの代表的企業であるゼネラルモーターズは、技能の高い人も低い人も両方雇っていたが、20世紀末の代表的企業はマイクロソフト(主に高技能者を雇用)とマクドナルド(主に低技能者を雇用)になった。

・才能ある者は才能ある者と手を組み、残りものは残りものと組む。結果として、能力の低い者は二重に呪われることになる。一度は自分自身の低い能力によって、そしてもう一度は一緒に働くことを余儀なくされた者の低い能力によって。

・生産の「最弱リンク」理論とでも言おうか。チーム全体の生産性はチームの中で最も弱い者の才能と努力によって左右されるというものだ。

・どのチームでも才能が劣るものに投資を集中させるのが道理にかなっている。なぜならそこが一番の弱点で、その能力の欠如がチーム全体を弱体化させてしまうからだ。だから社会全体としては、恵まれない人の面倒をみることが他の人にとっても望ましいことになる。

・自殺については他にもいくつか驚くべき不一致がある。男性の方が女性の4倍も自殺している。ただし、自殺を試みるのは女性の方が多い。

・ベテランのホームレスは、一晩だけでも暖かいベッドで寝たいと思えば、どのような言葉や行動をとれば呼ばれた精神科医が入院を許可しようと思ってしまうかを知っている。

・毎月、精神科の診断のために生活保護を受けている女性は、どうやったら支給を削られずにすむかを学ぶ。精神病患者は私たちの社会が彼らのために作り上げた役割を演じることを学ぶのだ。

・経済歴史学者によって、歴史上で他人を奴隷化したことのない社会はほとんどないし、奴隷制を広く導入すればするほど、少なくとも道徳的見地から奴隷制反対の立場をとれるほど豊かになるまでは、その社会の豊かさは増したことが立証されている。

・アダム・スミスが述べていた有名な人間の「取引、交易、交換」への性向は、強奪、恫喝、強要という競合する衝動と常に居心地悪く隣り合わせていた。

・今日では世界人口の4分の1弱が、極貧状態と定義される1日1ドル以下で暮らしている。こうした貧困はなにも現代に限ったことではない。1820年には世界人口の約84パーセントがそのような状況で暮らしていた。私たちがそういったことをあまり耳にしないのは、人々の認識に影響を及ぼす当時の小説、日記、記事は金持ちによって書かれたものだったからだ。

・19世紀の小説に貧乏人が登場しても、それは都市の貧乏人であって、工場で汚れた彼らの衣服や体は、これもまたグローバリゼーションの産物である産業システムへの非難を示唆する。だが何億人もが工場に近づくこともなく、栄養失調、疾病、早死していた地方の貧乏人たちは、活字になることはほとんどなかった。

・政治家たちが、貧困、麻薬、失業といった抽象名詞に対して戦争を宣言するとき、それは本物の戦争やその本当の犠牲者への応援の動員とどのくらい近いのだろうか?

・現在地球上に存在する馬の遺伝的多様性には、祖先として少なくとも77頭の牝馬が必要だ。同時に現代馬の雄のDNAには顕著な同質性が見られる。たった1頭の野生雄馬だけが家畜化された可能性も考えられる。



殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

  • 作者: ポール・シーブライト
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 2014/01/10
  • メディア: 単行本



nice!(0)  トラックバック(0) 

『もし高校野球の女子マネージャードラッカーの「イノベーションと企業家精神」を読んだら』 [☆☆]

・けっして他者の弱みに注目しなかった。それを中和することにのみ、全力を尽くした。その姿は、ドラッカーが「マネジャーに欠かすことのできない資質」といった「真摯さ」そのものだった。

・偉大な企業は、まず人を集めた上で事業を始める。

・アイデアというのは「複数の問題を一気に解決するもの」と定義した。つまり「一石二鳥」が大事──ということね。

・「説得」とは、相手にとっての「得」を「説く」ということなの。相手に、「あなたにはこれだけの得がありますよ」と教えてあげること。こちらの都合に合わせて、お願いしたり、頼んだりすることじゃないのよね。だから「説得」という字を書くのよ。

・里山も、最近では手入れをする人が少なくなったから、どんどん荒れていってるの。それで「美しい自然が失われる」って嘆く人がいるんだけど、でも、それっておかしいよね。だって、それはどんどん「自然に戻っていってる」ってことなんだから。

・人間は「ありのままの自然」と美しいとは思えないんだ。それよりも、ある程度人の手が入った人工的な自然を美しいと思うようにできているの。

・なぜ人間は、人間の手の入ったものを美しいと感じるか、知っている? それはね、人間が「混沌」を嫌うからよ。人間は、ごちゃごちゃしているものを見ると、本能的に苦手意識を持っちゃうんだ。本能的に汚いと思ってしまうの。

・その混沌を整理して「秩序」を与えてあげると、初めて美しさを感じ、好きになれるというわけ。里山がそうだし、この花壇だってそうよ。

猿飛佐助とは、白土三平のマンガ『サスケ』に出てくる忍者のことだ。ところがこの猿飛佐助、実は個人名のことではないという。それは「術」の名前なのだ。あるいは「型」の名前といってもよい。その型を習得した者が名乗るのが、「猿飛佐助」という名称だった。それゆえ、『サスケ』の中には猿飛佐助が何人も出てくる。

・人が「居場所がある」と感じるためには、誰かに「必要とされること」が大事だった。誰かに頼りにされる必要があるのだ。

・コップに「半分入っている」と「半分空である」は、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が「半分入っている」から「半分空である」に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる。

・教わることが相手にとってのサービスになる。教わることは、相手にとってもメリットが大きいのだ。



もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら




もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら

  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2015/12/04
  • メディア: Kindle版



タグ:岩崎夏海
nice!(0)  トラックバック(0)