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『「めんどくさい」をやめました。』 [☆☆]

・モノと自分との関係を見つめ直すことによって住環境を整えていくことができるように、言葉と自分との関係を見つめ直すことによって人生を調えていくことができるのです。

・「行きません」と言わないのか、「行きません」と言えないのか。それを自覚していたい。

・できるか、できないかは、やってみなくてはわからない。でも、したいのか、したくないのか、どっちなんだろうか? 「したい!」いう答えが自分から湧いてきたのなら、それは、「する!」ということ。

・「する」を重ねていけば、やがては必ず「できた」という結果がついてくる。少なくとも、最低でも、何もしていなかった初めのレベル以上に。

・雑草が蔓延る庭を「ありのままでいい」と言う人はいません。「ありのまま」を「そのまま」と理解し、何も手入れをすることなく「そのまま」放置したら、雑草はそこかしこに蔓延ってしまうでしょう。

・人は命ある限り、自分の手入れをし、自分を磨き、成長していくもの。

・「いつか」「今度」「そのうち」では、何も変わらない。何も始まらない。

・私たちは言葉の内容よりもむしろ「言い方」に反応します。相手の言葉にカチンときたとき、「そんな言い方はないだろう」と捨てゼリフを吐いてしまう。

・私たちは、「お金がない」と言い続ける。どんな時でもどんな場合でも。そうして、「お金がない」は口癖となり、その口癖をもってお金とは「ない」ものだという基本的原則の観念を自分に刷り込んでいくのです。

・わざわざ数えて確認しなければならないほどのお札を前にしても、母は「お金がない」と言う。いったい、この人は、どれだけのお金を持てば「お金がある」と言うのだろうか。

・「お金がない」と言う真意を正確に表現すると、「私には自分が自由に使えるお金がない」という意味。

・「させる」は、相手を自分の思うようにコントロールしようとしているからこそ出る言葉。コントロールは暴力的コミュニケーションにしかすぎないことをよくよく承知しておく必要があるだろう。

・暴力には、暴力でしか戻ってこないことは明らかなこと。相手が、自分の思うとおりに対応してくれないのは、つまり、相手が、反撃、無視、という暴力的コミュニケーションで反応してくるのは、とりもなおさず、自分が相手をコントロール=支配しようという暴力をふるったからなのです。

・あっという間に普及し、あっという間に消えてしまう流行は「ファッド」と呼び、長期間流行し、その社会に定着する流行を「ファッション」と呼ぶそうです。

・評論家だって、「こうしないと、日本はダメになる」と論評するし、政治家だって、「政治を変えないと、ダメだ」と演説する。そう、ダメのオンパレード。決して、「こうするといい」という建設的な表現はしない。どこまで「ダメ」という言葉を繰り出して、自分たちに、ダメを刷り込んでいくのだろう。

・かの一休禅師は、他界する直前に「この先、どうしても手に負えぬ深刻な事態が起きたら、この手紙を開けなさい」と、弟子たちに一通の手紙を残しました。数年後、重大な局面を迎えた弟子たちは、今こそ師の知恵を仰ぐべきと、件の手紙を開封。するとそこに書かれていたのは、「大丈夫、心配するな、なんとかなる」という言葉。

・「終わりよければすべてよし」というわけではありませんが、私は語尾まで丁寧に話す人に好感を持ちます。

・大阪では、何ひとつ無駄にせず、きちんと計画通りに行なうことを「始末の精神」と言うそうです。

・愚痴とは、誰かが解決してくれたらいいなという願望はあるにせよ、自らが主体的となって解決する気のない問題を語り続けること。

・愚痴とは、どこまでも、思考停止と感覚麻痺と感性鈍化を自分に招いてくる。

・試しに、「したいです」と思っている願望を、「します」という宣言言葉に変えてみる。もしも、宣言言葉に変えることに、とても抵抗を覚えたならば、そもそもが、それを心の底から欲していることでもないと判断することができる。



「めんどくさい」をやめました。――さあ、言葉も片づけてみようか!

「めんどくさい」をやめました。――さあ、言葉も片づけてみようか!

  • 作者: やました ひでこ
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2015/03/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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