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『小飼弾のコードなエッセイ』 [☆☆]

・人間の行動原則の正し手を、宗教に求めたユダヤ人。哲学に求めたギリシア人。法律に求めたローマ人。

・およそどんな人でも、幸せな瞬間というのは次の2つしかないのかもしれません。1、できなかったことができるようになった瞬間。2、わからなかったことがわかった瞬間。

・アマグラマであれば、やりたいことができれば十分である。プログラマはさせてはならないことをできなくしてなんぼである。

・何をやらせ、何をやらせないか。これはプログラマの課題であると同時に、ビジネスの課題でもある。自由を取れば悪意に対して脆弱になり、制約を取れば応用範囲は小さくなる。

・優れた作家たちは、制約が足りない場合、自ら制約を課すことも厭わない。

・「数学は答えが1つしかない」と言う愚痴をよく聞くが、これほど数学がわかっていない中二病な台詞はない。「数学は過程がいくつもある」というのが正しい見立てなのである。

・なぜ東京電力はかくも後手後手に回ってしまうのか。思うに、それは彼らが今の今まで施す側ではあっても、施される側、助けられる側に立ったことがないからなのではないか。

・彼らは助けられる側だった。彼らが不慣れなのもむしろ当然のことだろう。助けられる側なのに助ける側のように振る舞ってしまった。

・iPhoneはAndroid Phoneよりむしろ安く、しかも米国政府を上回る保有現金を活かした大量発注により、AppleはどのAndroidベンダーよりiPhoneを安く作ることができる。

・ゼロの美点は、何にでも足せるということ。

・10人の年収が一律500万円の場合と、1人が3200万円で残りが200万円の場合では税収は変わってくる。後者のほうが多くなる。累進課税のもとでは、格差が大きいほど税収は増えるのだ。

・シリコンバレーで従業員が株を求めるのにはわけがある。そうすることによって単なるワーカーだった彼らは、会社という「不労所得製造装置」のオーナーになれるのだ。

・調べれば調べるほど、現在の商用原子炉は「安全第一」ではないことが見えてくる。それでは何が第一だったのか。それは「もったいない」というのが目下の私の結論である。

・ダウンロード違法化にいたっては、想定被害額として6800億円なんて数字まで飛び出している。CDがかつてそれほど売れたことはただの一度もないのに。

・あたかもLispを知ることが、「ふつうのやつらの上を行く」ための必要条件とでも言うかのように。

・自分がマスターしたい言語で小さなLispを実装するというのは実にお勧めの学習法だ。

・ポストPC時代とは何なのか。それまでバラバラに進化したハード(ウェア)、コード、データという「三位」が、ユーザー体験(UX)という「一体」に集約される時代だということだ。

・PC時代のハードウェアの覇者Intel、ソフトウェアのMicrosoft、そしてデータの覇者Googleの「三位」の時価総額の合計を、「一体」のAppleが上回っているのだ。

・データにはまだまだ隙がたくさんある。GREEもDeNAも実のところ「レアカード」というデータを売る企業だし、COOKPADも最大の財産は「レシピ」というデータ。

・「まだハングリーな分野」を求めること。「こちら側」のクライアントはとにかく、「あちら側」のサーバの世界は飢餓状態がいまだに続いている。

・ハングリーに変わるのは何かを模索すること。それは何か? ペインフルだと私は考えている。腹が満ちても、痛みは収まらない。

・Perl本体のソースコードは「他の美しさのために自らは穢れる」の極北であるが、大御所モジュールの多くがこのポリシーに「殉じて」いる。

・プログラム「を」仕事にしようとする人は筋が悪い。求められているのはプログラミング「で」仕事をする人。



小飼弾のコードなエッセイ ~我々は本当に世界を理解してコードしているのだろうか? (Software Design plus)

小飼弾のコードなエッセイ ~我々は本当に世界を理解してコードしているのだろうか? (Software Design plus)

  • 作者: 小飼 弾
  • 出版社/メーカー: 技術評論社
  • 発売日: 2013/04/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



タグ:小飼弾
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