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『ウェブに夢見るバカ』 [☆☆]

・作り話は反復されることで一般常識となる。

・デジタルによる覚醒の夢は消え去った。現実のネットは、考察の場というより商取引の場であり、共同体というよりショッピングモールだった。

・ブログを読むか、もしくは「ニューヨーク・タイムズ」紙、「ウォールストリート・ジャーナル」紙、「アトランティック」誌といったものを定期購読するか、どちらか一方の選択を迫られたら、私は後者を選ぶ。アマチュアよりも専門家を取る。

・MySpaceを自転車と比較する意見もあった。どっちも子供に害を与える可能性があるだろう? それなのに何が問題なんだ?

・ゲイツはシステムを設計したがっている。ジョブズはツールを作りたがっている。

・ツイッターは、ウェブ2.0における電報である。

・考えてみろ、アバターが幻覚を起こしたら、見るのは現実世界に決まっている。

・レコード会社がラジオと張り合うための最良の方法――唯一の方法――は、制作するレコードの数を増やし、ラジオ局が電波に乗せられるよりもはるかに多い選択肢を顧客に与えることだった。

・安価でも高解像度のビデオとパーソナルコンピュータがあれば、誰でもクオリティの高い長編映画を作ることができる。ごもっとも。鉛筆の発明が、誰でもクオリティの高い長編小説を書けるようにしたのと同じように。

・生きている人間について知ろうとすることは、その者から人生を搾取しようとすることである。

・ある怪物が大衆文化に侵入すると、その獣性はほぼ必ず、社会が共有する恐怖が投影され、根底にはあっても、まだ大衆の意識として表面化していない不安が浮き彫りになる。

・主流メディアにとらわれている年寄りどもはほっておけ。

・もし人工知能を人間の知能を凌ぐまでにしようとするなら、ふたつの選択肢がある。機械をより賢くするか、人をよりふぬけにするかだ。

・情報の透明性は、今まで優位とされてきた勇ましさや辛抱強さや工夫といったものを無下にしてもいる。職場までの近道を見つけようと、地図を調べ、脇道を探し回る勤勉な通勤者は、ある日突然、GPSが導いた群れの渋滞に巻き込まれる。

・もはやカウチポテトになるためのカウチが必要ないということである。スマートフォンを持てば、どこに行ってもポテトになれる。

・註が登場したのは本として出版されたときで、エリオットはそれを加えたことをのちに後悔するようになった。引喩をたんなる引証に変えたその註のために、読者は彼の詩を個人的な感情の深遠な表現というより、難解で知的なパズルとして見るようになった。

・生活の様式は1890年から1950年の間にすっかり変化した。では、1950年から今日の間は? それほどではない。今日のイノベーションにそれほどインパクトがないのはなぜか?

・ニューラルネットワークの真の強みは、本物の知能がどうこうというより、退屈をまったく体験しないことにある。その作業はあまり刺激的じゃないでしょうが、コンピュータは決して飽きませんよ。退屈するには本物の知能が必要だ。

・グーグルの到達目標は、もはやウェブを解読することではない。私たちを解読することなのである。

・目的のないおしゃべりや必要のない社交辞令を重荷やコスト、貴重な時間の浪費としか考えなくなったとき、私たちは思いやりや寛大な心を持つ感覚を麻痺させるという危険を冒している。

・スマートフォンより、ネットワークより前、バスがあった。それは移動するもの(モバイル)だった。人と交わるもの(ソーシャル)だった。

・計測できるものは管理できる――たとえそれを計測して管理することが無意味だとしても、そうすることで組織の目的に害を及ぼすとしても。

・スクラップブック作りの象徴である「カット・アンド・ペースト」は、私たちがコンピュータを使ってひたすら行なってきたことである。いまやスクラップブックこそが、ユーザーインターフェースなのである。

・ウェブ検索は人々に「知っているという思い込み」を与える。人々はオンラインのものと自分の記憶にあるものとを混同し始め、そのために実際以上に賢いという自覚が植えつけられるというのである。

・今回の辞書の見出し語の取り換え――アウトドアや自然に関する言葉が、インドアでヴァーチャルなものに取り替えられたこと──は、私たちが送る生活がますますシミュレートされていることを表す。風景に関する基本的教養はどの世代でも低下している。

・謎めいているのではなく、取るに足らないだけであり、そこにあるものなど名前をつける価値さえなくなるのだ。

・音楽は資源に、生産要素になる。音楽を聴くこと自体は「アクティビティ」ではなくなり――音楽はそれ自体が目的ではなくなり――個別のアクティビティの質を高めるものとなる。

・デジタルスロットマシンのメーカーが発見したように、巧みに設計されたインターフェースは執着を引き起こす。プレイヤーがスロットに金を延々と注ぎ込むのは、勝ち負けのためではない。反応のいいマシンを操作する喜びのためなのだ。

・周りの喧噪から逃れたいとき、私たちは静かな場所を探そうとはめったに考えない。逆に個人用の音声ボリュームのつまみを上げる。

・火の戦いには火で応ずるというように、家ではテレビやステレオの音量を上げ、街の騒音や隣家の犬の鳴き声を消し去る。

・人間の耳は、他の動物同様、音を立てないことに重きを置いた世界で進化してきた。生き残れるかどうかは、自身の音を聞かれずに、他の動物の動きを聞き取れる能力で決まることが多かった。

・聞き放題のストリーミングサービスのおかげで、選択する必要がなくなった。過去に録音されたほぼあらゆる曲がクリックひとつで手に入る。経済的な障害がなくなったことで、古いものがどっとあふれ、新しいものを埋没させた。

・私たちが道具によって新たな能力を得るたびに、世界はいままでとは異なる、より魅力的な場、さらに大きな機会を与える舞台となる。

・選挙戦は「物語」で、そこには「筋書き」がある。だがソーシャルメディアは違う。断片化されたメッセージや会話では、ほとんどプロットにはならない。しかし、テレビの時代に取り残された記者や評論家は、ツイッターやフェイスブックにあがっている雑多な情報を筋の通った物語に仕立てようとしている。そのせいで今の選挙戦の報道がしばしば大衆の反応とずれているように映るのだ。

・ソーシャルメディアは、従来のメディアの力を大幅にそいでいる。キャスターたちは物語を語るのではなく、ツイートを読まされているのだ。

・コンピュータは指示に従うのは得意だが、即興的なことには対応できない。「得意分野以外はからきしダメ」な「サヴァン症候群」に似ている。



ウェブに夢見るバカ ―ネットで頭がいっぱいの人のための96章―

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