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『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』 [☆☆]

・もし、排泄したり、食べたり、更衣したり、入浴したり、髪を揃えたり、ベッドから立ち上がったり、椅子から立ち上がったり、歩いたりなど――八つのADL(日常生活動作レベル)を手助けなしにできないのであれば、その人は基本的な独立生活の機能を欠いている。

・買い物や食事の支度、部屋の掃除、洗濯、薬の管理、電話をかける、一人だけで旅行、家計の管理――八つの自立ADLという――ができていなければ、自分一人で安全に生活する能力を欠いていることになる。

・昔は、古老に教えを請い、世界を解説してもらっていた。今はグーグルで検索し、もしコンピュータが使えなければ、ティーンエージャーに教えを請う。

・97歳の女性がフルマラソンを完走というストーリーに飛びつき、誰でもそうなると期待していいもののように扱い、生物学的に恵まれた人の奇跡だという点は無視してしまう。

・転倒のリスクの三大因子は、バランスの不良と五種類以上の処方薬、筋力低下だ。この三つがない高齢者の転倒する可能性は1年間で12パーセントだ。三つ揃えて持っていればほぼ100パーセントだ。

・高齢者にとって怖いものは死ではない。死よりも、いずれ起こってくること――聴力や記憶、親友、自分らしい生き方を失うことが怖い。

・来年のことは考えない。それだけでも憂鬱になるから。来週のことだけ考えるようにしている。しかし、それは裏目に出やすい。遅かれ早かれ、恐れていた危機がやってくる。

・老人は誰かと「する」よりも「いる」方に、未来よりも現在に重きを置こうとする。

・先に見える水平線が10年単位で数えられているうちは、人間にとっては永遠と同じなのだろうが、人が最も強く望むものはマズローのピラミッドの一番上である――達成と創造、その他まさに「自己実現」につながるものだ。しかし、水平線が縮んでくると──自分の先の未来は有限であり、不安定だとわかったとき――人は今、現在ここにあるもの、日々の喜びと親しい人たちを大切にする方へ方向転換する。

・児童の方が高齢者よりもリスクを許されている。最悪でも児童はブランコやジャングルジムで遊べる。

・人は自分には自律を求めるのに、大切な人には安全を求める。これは虚弱(フレイル)になった人にとって主要な問題であり、矛盾である。

・大切な人に対して、私たちがしてやりたいと望むことの大半は、自分にされたなら、自己の領分を侵すものとして断固として拒否するようなことだわ。

・自分のしたいことを自由に選べる――がなければ、私たちの高齢者は支配と監視の下に置かれた施設被収容者になる。これは治療不可能な問題に対して医学が考えた答えであり、本人の望みはすべて抹消し、安全確保だけを考えて設計された生活である。

・特別なセールスのテクニックは? と尋ねてみた。答えは簡単だった。「どうぞ断ってください、という気持ちだ。それができれば有能なセールスマンになれる。断られる勇気が必要なんだ」。

・文化とは共有された習慣と期待の総和だ。

・文化による惰性は強力だ。だから、文化と呼ぶんだ。変わらないゆえに文化になる。文化は革新を揺り籠の段階で絞殺してしまう。

・米国ではメディケアの支払総額の25パーセントが、5パーセントの患者が人生最後の年を過ごすために使われている。そして、その費用の大半は治療成果がほとんど見込めない最後の2、3か月のケアにあてられている。

・過去2、30年の医学の進歩は死に関する何世紀にもわたる人類の経験や伝統、言葉を時代遅れにしてしまい、かわりに新たな難しい課題を人類に与えた――どうやって死ぬのか?

・「まるで自分がよそ者のように感じるの」。やはり、多世代同居の実際はそのノスタルジックなイメージとかけ離れているのだ。

・腫瘍医の40パーセント以上が医師自身、効かないだろうと思っている治療を行なうことがあると認めている。医師と患者の関係が――「お客様は神様です」――という小売業の標語に間違った形ではめ込まれることが増えているこの時代、医師は患者の期待を踏みにじることをきわめて躊躇する。

・問題の根は、医療のシステムと文化がロング・テールを前提にして築き上げられていることにある。私たちがやっていることは、何百万ドルもかけて巨大な病院を建て、わずかな可能性にかけるための宝くじをそこで医療として配るようなことだ。

・希望と計画は違う。しかし、希望が私たちの計画になってしまう。

・あとどのぐらい寿命があるのかを正確に知る方法がないとき――そして、本当に生きられる時間よりももっと長く生きられるはずだと想像してしまうとき――人の本能のすべてが闘おうとする。静脈に抗癌剤を入れたまま、喉にチューブを刺したまま、肌に生々しい縫合跡を残したまま死のうとする。

・治療に期待する人は、2、3か月の延命を考えているのではない。年を考えている。滅多に当たらない宝くじを買うような考えで、当たれば病気のことはまったく問題にならなくなる、そんなチャンスを買っているのだ。

・医師はみな、あまりにも気楽に偽りの希望を与え、家族が銀行預金を使い果たしたり、無駄な治療のために子供の教育資金を食いつぶしたりするように仕向ける。

・「問い、伝え、問う」。相手が利きたいことは何かを質問し、相手に伝え、それからどう理解したかを尋ねる。

・勇気とは何を恐れ、何を望むかについての知識と向き合える強さである。知恵は分別の強さだ。

・人間は異質な二つの自己――それぞれの瞬間を等しく耐える「経験する自己」と、最悪の瞬間と最後の瞬間という二つの瞬間だけを取り出して、それですべての経験の軽重を判断する「記憶する自己」──を持っているようである。

・たとえ高いレベルの苦痛を30分以上も強いられたとしても、その後にたった2、3分間の無痛の時間があれば、患者の総合的な苦痛点数は著しく下がってしまう。最後の最後が悪ければ、苦痛点数は今度は著しく上がってしまう。



死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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  • 作者: アトゥール・ガワンデ
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 2016/06/25
  • メディア: 単行本



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  • 発売日: 2016/06/24
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