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『あの戦争は何だったのか 大人のための歴史教科書』 [☆☆]

・学校でよく映画館に連れて行かれ、アメリカが戦時中に撮った戦闘の記録フィルムを見せられた。画面では、日本の特攻隊の飛行機が、次々と撃ち落とされている。そうすると私たち小学校二、三年生が観ている中で拍手が起こるのだ。誰が拍手をしているか見ると、教師たちであった。こういうことが平和教育だったのだ。

・ただ単に戦争体験を語ることと戦争を知ることは全く違う。それを取り違えてしまっている場合が多い。

・「二・二六事件」というテロが、明らかに時代の空気を歪ませてしまった。テロという暴力が、軍人、政治家はもちろんのこと、マスコミ、言論人たちも、そして日本国民全体の神経を決定的に麻痺させていった。

・「皇紀2600年」の大式典は、「天皇に帰一する国家像」を象徴するものであった。いわば、日本は理性を失った、完全に「神がかり的な国家」に成り下がってしまったのである。

・東城は、いや陸軍は、「武力発動」はできなかったのである。太平洋戦争において「武力発動」ができたのは、唯一海軍だけであった。いくら陸軍が、南洋諸島や東南アジアで「武力発動」したくても、海軍の護衛で運んでもらわなければ、始めようがない。

・12月8日、朝7時にラジオから流れてくる臨時ニュースで、日本の国民は初めて戦争状態に入ったことを知った。その時、国民はみな喚起に沸いたのである。

・「真珠湾攻撃」は、その後に上陸作戦を展開しようとか、ハワイを制圧しようとか、次に何をしようという戦略は全く考えられていなかった。

・当たり前のことであるが、戦争を始めるからには「勝利」という目標を前提にしなければならない。その「勝利」が何なのか想定していないのだ。

・大本営は混乱し、また無為無策であったのだ。戦略を立て直そうなどと考えることもなく、いってみれば「下手な博打打ち」のように「もう一度、もう一度」と同じ手を繰り返すだけであった。

・何とガダルカナルのジャングルの中、全地域に、マイクロフォンが仕掛けられていたのである。どんな小さな声で話していてもマイクに声が拾われてしまい、居場所がすぐさま基地のアメリカ軍司令部に筒抜けになってしまうというのだ。

・大本営は、自分たちに都合の悪い状況を隠すことのみに汲々とし、決して自己省察などしようとしなかった。「戦争の目的は?」と聞かれれば、「自存自衛のため」などときれいごとを述べているだけであった。

・彼らが専ら会議で論じているのは、「アメリカがA地点を攻めてきたから、今度は日本の師団をこちらのB地点動かし戦わせよう」といった、まるで将棋の駒を動かすようなことばかりであった。

・日本の兵士たちは、「戦時ルール」というものを全く知らなかった。一兵卒はもちろんのこと、士官養成学校でも教えられることはなかった。

・一定の枠内で戦えばいい、それ以上、無益な死になるのなら捕虜になれ、そして敵の中にあってその戦力を消耗せよ、というのは、20世紀の戦争の鉄則である。

・そもそも「絶対国防圏」なんて、子供が「ここは俺の陣地だから、入ってくるな」と叫んでいるようなものであった。「絶対」といっても単なる願望でしかなかったのだ。

・「日露戦争」までの日本には、「戦略」がきちんとあった。引き際を知り、軍部だけ暴走することもなく、政治も一体となって機能していた。国民から石を投げられてでも、講和を結びにいくような大局に立てる目を持つ指導者がいた。

・天皇は、精神的に「二・二六事件」の影響をずっと引き摺っていた。青年将校たちを「断固、討伐せよ」と命じてからは、一度も何かに対して断定的に否定する意思表示はしなくなっていた。

・インパール作戦展開中、牟田口はというと、前線から400キロも離れたメイミョウという場所から、ひたすら前進あるのみと命令を下していた。メイミョウは「ビルマの軽井沢」と言われた避暑地であった。

・牟田口が作戦失敗の責任を問われなかった理由の一つは、東條と親しい関係にあったからである。

・昨日まで全国民の十人に一人が兵士となり、アメリカ相手に憎悪をかきたてた戦いをしていたのが、まるでウソであるかのように掌を返して好意的になってしまう。こんな極端な国民の変身は、きっと歴史上でも類がないだろう。

・「戦争が終わった日」は、8月15日ではない。ミズーリ号で「降伏文書」に正式に調印した9月2日がそうである。世界の教科書でも、みんな第二次世界大戦が終了したのは、9月2かと書かれている。8月15日が「終戦記念日」などと言っているのは、日本だけなのだ。

・あの戦争の中に、私たちの国に欠けているものの「何か」がそのまま凝縮されている。その「何か」は戦争というプロジェクトだけではなく、戦後社会にあっても見られるだけでなく、今なお現実の姿として指摘できるのではないか。

・戦略、つまり思想や理念といった土台はあまり考えずに、戦術のみにひたすら走っていく。対処療法にこだわり、ほころびに「つぎ」とあてるだけの対応策に入り込んでいく。現状を冷静にみないで、願望や期待をすぐに事実に置き換えてしまう。太平洋戦争は今なお私たちにとって「良き反面教師」なのである。



あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)

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