So-net無料ブログ作成

『人生の科学 「無意識」があなたの一生を決める』 [☆☆☆]

・意識は、無意識のした仕事の結果を私たちに伝えるために物語を作り上げるという。それだけが意識の仕事だというのだ。

・ガリレオは、地球を宇宙の中心という特権的な地位から引きずり下ろした。それと同じように、意識も、人間の行動の支配者という特権的な地位から引きずり下ろされようとしているのだ。これはまさに知の革命というべきだろう。

・子供たちには、目の前にあるハードルをいかにして越えるか、その方法ばかりが教え込まれる。それよりも、誰と友達になるか、誰と結婚するか、誰を愛し誰を軽蔑すべきか、強い衝動をいかに抑えるかということの方が人生においてははるかに重要なのに、それは誰も教えてくれない。

・再び脚光を浴びるようになったのが「コンポ―ジャー・クラス」と呼ばれる種類の人々である。彼らは、ヘッジファンドで一攫千金を狙おうなどとは決してしない人たちだ。お金にお金を産ませることには興味がない。地道に着実に力をつけ、まるではしごを上がるように地位を上げていこうとする。社会的成功によって財産を得ようとするのだ。

・「コンポ―ジャー・クラス」の人間は、特に大人になってからは、「周囲の人間に劣等感を抱かせる存在」として人生を送ることになる。

・たとえその人自身がいくら誠実で謙虚で、感じの良い人だったとしても、それは劣等感を強める役に立つだけだ。

・彼らの「贅沢規制ルール」とは、「耐久消費財にならお金をかけてもよいが、消耗品にはできるだけお金を使わない」というものだ。

・全体的な体型は、その時々の流行によって変化するが、ウエストとヒップの比率は不変なのだ。華奢で有名だったモデルのツイッギーですら、ウエストとヒップの比率は0.73だった。

・男性は常に、顔は魅力的だが身体が魅力的でない女性より、顔は魅力的とは言えないが身体が魅力的な女性を高く評価する。

・知的レベルを知るには、その人のボキャブラリーを手がかりにするのが最も簡単だ。IQが80程度の人でも、「布施」、「巨大」、「隠す」といった言葉なら知っているだろう、しかし、「刑罰」、「消費」、「商取引」となると怪しくなってくる。

・人は、誰かと知り合う時、無意識のうちに相手のボキャブラリーのレベルが自分と合っているかを知ろうとする。

・会話の60パーセントは、最頻出の100語くらいを使えばできてしまう。そして、最頻出の4000語を使えば、会話の98パーセントは成り立つのだ。にもかかわらず、なぜ人間は、滅多に使うことのない余分な言葉を5万6000も覚えるのだろうか。

・人間は、栄養さえ与えれば育つというものではない。確かに栄養が十分なら、身体は大きくなるかもしれないが、それだけでは、脳が十分に発達せず、人間として必要な能力が身につかないのだ。

・脳の発達のためには、他者と関わる必要がある。それは人間に限らない。少なくとも哺乳類全般には言えることである。

・「オチ」のある面白い話を聞いたから笑うというわけではないのだ。笑いが起きた時の話を調べると、間違いなく「面白い」と言えるものは全体の15パーセントほどにしかすぎない。笑いは、話が面白いから起きるというよりも、その状況が心地の良いもので、また他の人も同じように感じていると察知した時に自然に起きるものである。

・笑いにも良い面と悪い面がある。皆で笑い合って連帯感が強まるというのは確かに良いことだが、皆で寄ってたかって誰かを笑い者にするということになると問題だ。

・大人であれば、自らに起きていることについて語る、ナレーターのような存在が自分の中に住んでいる。私たちが普段、「自分」だと思っているのは、そのナレーターだろう。

・ZからAという順序で暗唱しろと言われたらどうか。苦労する人が多いはずだ。この順序での暗唱はあまり経験がなく、そのため、脳の中に対応するネットワークがないのだ。

・子供を無垢や自由、喜びの象徴のように言う哲学者もいるが、本当は衝動という牢獄に捕らわれた囚人なのではないかと思った。いくら自由でも、行動に目的や一貫性がなければ、結局、何もできず、奴隷と同じことになってしまう。

・親が子供に与えるべきもの、それは一定したリズムである。親から一定したリズムを与えられれば、子供はそのリズムに乗ることができる。リズムに乗れば、衝動に負けて無軌道な行動をとることもなくなる。

・親は基本的には子供に優しく接すればいい。その中に「ここから先はダメ」という規律があればいいのだ。

・教師の仕事は、ただ決まった知識を分け与えるということではない。それ以上に大切なのは、生徒に物の見方を教えること、知識の吸収の仕方を教えることだ。生徒の記憶に残るのは、そういうことを教えてくれた教師なのである。

・テストの時に脳から知識を取り出そうとすると、その知識に関連するニューラルネットワークが強化される。

・究極の目的は、生徒たちを独学のできる人間にすることだった。自らの力で学び、何かを発見した時のあの、官能的とも言える喜びの感情を覚えてほしかった。

・文明は、考えなくてもできる仕事を増やすことによって進歩してきた。

・試験の前夜に、長い時間をかけて教科書を読んで丸暗記しようとするより、5日間、毎日、試験範囲を一通り読むことを繰り返す方がはるかに良い。

・それは、「貧困とは創発システムである」という考え方だ。

・創発システムが難しいのは、何か問題があってもその「根本原因」が見つかりにくいということである。ほんの些細なことが連鎖反応を起こして、悪い結果を生んでいるのだ。

・自分の力だけで今の自分は変えられない。今の環境にいる限り、自分の意志の力だけで未来を明るいものにすることは困難だろう。

・周囲の人たちの持つ後ろ向きの感情にどうしても影響を受ける。

・自分の内面を変えるよりも、環境を変える方が簡単だ。環境を変えれば、環境から無意識のうちに受け取る様々な情報により、自分の内面が変わることがあり得るのだ。

・研究者の中には、子供を「タンポポ型」と「ラン型」に分けている人もいる。タンポポ型の子供は、情緒が安定していて、忍耐力もある。どういう環境に置かれてもたいていはうまくやっていける。ラン型の子供はもっとムラがある。状況が良ければ、素晴らしくきれいな花を咲かせるが、少し状況が悪いと惨めにしおれてしまうのだ。

・無意識では常に様々な思考が流れている。そして、何かきっかけが与えられればいつでも、それまでとは違う新たな思考が流れ始める。自制心のある人、セルフコントロールのできる人というのは、きっかけの与え方を知っている人である。

・真っ当な人であれば、他人の持ち物を盗んだりしない。盗みたくなる衝動を理性や意志の力で押さえているわけではないのだ。他人の持ち物を見る時に、すでに盗みたい衝動が湧かないような見方をしているということである。

・同じものを見ても、見方が大きく違えば、行動も大きく変わる。見方が社会から見て望ましい方向に偏っていれば、行動も社会から見て望ましいものになるだろう。また、望ましい行動をとると、望ましい見方をするための脳内ネットワークが強化されることになる。

・美徳とは、実践し自分で行動することによってのみ得られるもの。

・嘘でもいいからやってみる(Fake it until make it)。

・コートの内と外とを明確に分けて考えるようにもしていた。そして、コートの内と外での自分の思考に厳格なルールも設定していたのだ。未来や過去について考えるのは、コートの外、と決めた。いったんコートの中に入ったら、現在のことしか考えない。

・天才は何も神に魅入られた人というわけではない。天才と凡人の違いは向上する能力である。時間をかけて少しずつ向上していける人が天才なのだ。

・人は、自分を知っている人の数と同じだけの「社会的自己」を持っている。その人の認識に合わせて自分を変えるのだ。

・人間関係のほとんどは、信頼で結びついているはずである。では信頼とは何か。特に何も考えなくても互いに依存し合えることである。

・今、大事なことは、生き残るために必要な狭い「ニッチ」を見つけることだ。ニッチはひとまず、たった一つでいい。だが、その一つを見つけないことには先へ進めない。

・商品が横に並べられている場合、たいていの客は、右に置かれているものほど高級なのだろうと思うという。

・かつては、金持ちの方が貧乏人より労働時間が短いというのが常識だったが、一世代くらい前から、この関係が逆転していると言われる。

・下流から中流に属する人たちは、週末にテレビゲームをしたり、映画を観たりしてリラックスしたいと考える傾向にある。それに対し、富裕層の人たちは本を読んだり、運動をしたりして自分を向上させたいと考える。

・アプローチの仕方を変えてみたらどうかな。自分が何を売りたいかを話すじゃなくて、何がほしいかを私に聞くんだよ。できれば他人に代わりにやってほしいと思うのはどんな仕事か。そういうことを聞くんだ。自分のことを話すんじゃなくて、相手のことを話すべきなんだよ。

・理論経済学者たちにとって数学は、森の牡鹿にとっての角のような強力な武器である。その武器で互いに戦い、自分の縄張りを確立するのだ。角を使えない牡鹿など、存在しないのも同然だ。

・プライミングは、先行する知覚が後の知覚、ひいては後の行動に影響を及ぼすという現象である。たとえば、被験者に高齢者に関わりのある単語(入れ歯、杖、白髪、など)をいくつか見せると、単語を見る前よりも歩くのが遅くなるということが実験で確認されている。

・あらゆるものは、他の何かとの比較によって評価されるのだ。そのように、他の何かを評価の基準にすることを「アンカリング」と呼ぶ。

・1本30ドルのワインは、1本9ドルのワインのそばに置かれていると高いと感じるが、1本149ドルのワインのそばでは安く感じる(ワインショップがほぼ必ず、まず誰も買わないであろう究めて高価なワインを店内に置いているのはそのためだ)。

・様々な事象を世界史的な視点で見れば、自然に広い視野で物事をとらえることになる。

・単に、アーリーアダプターだというだけではない。「アーリーディスカーダー(early discarder=早く捨てる人)」でもある。飛びつくのも早いが、捨てるのも早いのだ。いくら夢中になったものでも、社会に広まり、主流になってしまえばすぐに捨てる。

・人間には、何か困ったことがあった時、「他人に助けを求める人」と「自分で何とかしようとする人」の二種類がいる。前者は、人に何かを頼むことをまったく恥ずかしいことだとは思わない。頼んだ結果、断られても特に何も感じないのだ。一方、自分で何とかしようとする人は、頼みごとが好きではない。他人の頼みごとを断ると罪悪感を覚える。頼みごとは、されるにしろ、するにしろ、精神的に大変な負担になり、人間関係を危機に追い込む。

・何かの道で成功した有名人の人格的な欠陥をあげつらって笑いものにするコメディ番組をよく見ていた。まだ立場が定まらず、不安に駆られている彼のような若者たちの気持ちにつけ込んだ番組だ。

・人生で大事なことは、自分にとっての良いことの数をできるだけ増やし、良くないことの数をできるだけ減らすことだ。良いことが少しでも増えるよう、絶え間なく、色々な調整をしていくのが人生だ。

・彼女を傷つけたくないというより、自分が不愉快な会話をしたくないというのが本音なのだとわかったのだ。配慮があるというのではなく、単に卑怯なだけだった。

・無意識が子供っぽく衝動的だという見解にも一理ある。無意識は主観的だからだ。

・人間は、「わからない」ことを嫌う。それで、解釈らしきものが目の前にあるとすぐに飛びついてしまう。「わかった」ことにしたいからだ。

・たとえ同じ人間であっても、いつも態度が同じとは限らない。だから、状況が変わった時は、すでに知っている人も知らない人と同じとみなす。行動も考え方も、歩き方も笑い方もすべてが変わるという前提で見る。

・物事をすぐに決めつけず。慎重な態度を維持していれば、その間に無意識が働くことになる。無意識が、大量のデータを自由自在に組み合わせ、似ているもの同士を結びつけたり、隠されたパターンを見つけ出したりする。そのようにして、直面している状況の全体像をつかもうとするのだ。

・賢明であるというのは、何に目をつぶるべきかを知っていることである。

・夫婦の間の関係が健全なものならば、相手に対してたまに否定的な言葉をかけることがあっても、肯定的な言葉をその5倍くらいかける。

・自ら命を絶つことは考えないが、もし「不治の病で余命わずかだ」と言われても、自分はごく平静にその宣告を受け止めるだろうと感じていた。

・何も、悲しむことや傷つくことを恐れて生きる必要はない。たとえ悲しいことがあっても、心に傷を負っても、生きていくことはできる。

・「どうせ誰かに盗られるのなら、自分が先に盗ってしまえ」という殺伐とした態度が蔓延する。国の債務の急増はその結果である。財務の均衡のために、政府が増税や歳出削減をしようとしても誰も受け入れようとはしない。

・政府が問題なのは、努力していない人に不当な報酬を与えてしまいがちであるということだ。

・立法者が何かをすれば必ず、市民に何らかの行動を促すことになる。あるいは何かの行動を思いとどまらせることもある。国を作ることは、必然的に人の心を作ることにつながるのだ。

・テロリストの多くは、国や文化から切り離された人たちである。多くは、過去と現在の狭間の、何にも、どこにも属さない場所に捕らえられてしまっていた。

・唯一有効と思われるのは「COIN」(Counter Insurgency=対反政府武力行動)と名づけられた作戦だという。この作戦は、現地住民の信頼を勝ち得るところから始まる。人々が「自分は安全だ」と感じるようにしなくてはならないのだ。そのためには、学校や医療施設、裁判所を作る必要がある。

・裕福な家庭の多い地域で幼稚園に行き、子供たちの前で絵本を途中まで読んだとする。おそらく約半数くらいは、話の続きがどうなるか予想することができるだろう。貧困地域の幼稚園では、結果が大きく違ってくる。話の続きを予想できる子供はせいぜい10パーセントほどにとどまるはずだ。このように、先を読む能力があるかないかは、将来の成功を大きく左右することになる。

・生まれた時に属していた階層に一生居続けるものと決まっていないのなら、対立する意味があまりないからだ。

・誰も存在すら気づかないような多数の要素が互いに絡み合っているので、一つの理論に基づいて行動するだけでは何も良い方向に変えることはできないだろう。できると思うのは過信である。

・簡単に表現することで、複雑だった問題は、忙しい人にも取り扱えるものに変わる。

・富や名声は人を幸せにするわけではないということだ。ただ、富や名声は、人を不安から自由にしてくれる。

・高齢になって腰の骨を折ると、そのうちの約40パーセントの人は老人ホームに入ることになり、20パーセントの人は二度と歩くことができなくなる。

・アメリカ、中国、アフリカと住むところが変われば、当然のことながら世界の見方は変わる。しかし、小説の世界に浸ることによっても、同じように視点を変えることはできるのだ。

・心は100万本くらいの弦から成る楽器のようなもので、見たもの、触れたものによってその弦は調律されていくのだ。

・私たち人間に音がどう聞えるかは、生まれつきほぼ決まっているが、音楽がどう聞こえるかは、その人がどう育ったで変ってくる。

・新しいことを始める時は、あまり考えずにとにかくすぐやってみて、失敗した方がいいのだ。失敗したら、すぐにまたやり直し、また失敗して、を繰り返していく。

・知識というのは、人に伝えることで、はじめて生命を持つ。

・写真を撮った時には、そこに何らかの感情が生じたに違いない。撮った方にも撮られた方にも。アルバムにしまった両親にも感情は生じた。こうして、感情は何十年もの時を超え、世代を超えてやりとりされていくのだ。





人生の科学: 「無意識」があなたの一生を決める

人生の科学: 「無意識」があなたの一生を決める

  • 作者: デイヴィッド・ブルックス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/02/23
  • メディア: ハードカバー



nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『自爆する若者たち 人口学が警告する驚愕の未来』 [☆☆☆]

・「ユース・バルジ」を強いて訳せば「過剰なまでに多い若者世代」とでもなるだろうか。

・高度経済成長の原動力となったパワーの源は何だったか。端的に言うなら、「居場所探し」であろう。相続権を持たない次男坊、三男坊らは、自らの居場所を自らの力で見つけなくてはならなかったのだ。

・暴力を引き起こすのは貧困でもなければ、宗教や民族・種族間の反目でもない。人口爆発によって生じる若者たちの、つまりユーズ・バルジ世代の「ポスト寄越せ」運動、それに国家が対処しきれなくなったとき、テロとなり、ジェノサイドとなり、内戦となって現れるのだ。

・先進国が必要とするのは優秀な人材であって、生き延びるために働き口を求めて押し寄せる「難民」ではない。

・ユース・バルジを育ててきた国は、それにより強大な軍備人口を擁している。そこでは40~44歳の男性1000人につき、3000人以上の0~4歳の男の子が生まれ育っている。一方、0~4歳の少年が同800人以下の場合は「軍備人口の降伏状態」にあるとされ、800から1400人ならば「軍備人口の中立状態」にある。

・第三世界の第2子から第4子までの子供はそこそこ栄養もよく教育も受けている。が、国外への移住がかなわない場合、彼らは故国の不安定要因となる。野心に見合うだけの社会的地位が用意されないからだ。そのような国は100以上に上る。

・戦略家から見れば、「女子」は当人の軍事的な働きよりも、やがて何人もの戦士の産みの親となりうるという意味で脅威であり、男の戦士1人が1組の母子を相手に戦っておいたほうが戦闘上有利であるとの計算があるのである。

・戦略家はまた、第一世界の男子がいずれも唯一の息子かまったくの一人っ子であり、そのため生き延びられるだろうかとの不安が先に立って軍事的動員に応じきれていない面があるとして、その点では低開発国のほうが有利であると見る。

・第三世界の国々は、次男ないし四男のような、故国で必要とされる場をどこにも持たない若者からなる大軍団を戦火のなかに送り出すことができ、それは彼らの眼には英雄になるまたとないチャンスと映る。

・貧困や飢えからテロリストが生まれるのではない。パンはせがめばもらえる。殺人を犯すのはステータスと権力に目がくらんでのことだ。

・2050年以降、西側諸国だけでなく世界の大部分の国は、高齢者の面倒を見る若い労働者をどう調達するかの問題をかかえることになる。

・歴史を上手に掴まえれば失敗することはほとんどない。「ようやく」出番のまわってきた復讐に役立つような事柄をそこから引いてくれば、大部数が見こめる。かつて1万人にしか関わりのなかったことが、今は10億人を憎しみで満たすことができる。

・労働者階級に大いに指導力を発揮する前衛部隊にはなっても、決してその階級の一員にはなるまいと心に決めていた。

・タリバンによって強引に推し進められた、女性に対する専門教育および労働の禁止にしても、女性を将来の勝利に貢献させるための産む機械に仕立てることが戦士にとって優先事項だからなのだが、周囲からの糾弾の声が問題にしているのは、あくまでアンチフェミニズムの行き過ぎというものだ。

・その国自体はユース・バルジを抱えていないのだが、戦闘状態にある少数民族とか国外の敵がちょうどユーズ・バルジになっている場合である。

・時折、お手上げ状態だったものが、ふと、うまく整理のつくことがある。目の前のとは別の、同じく解決できないと見なされている同時期の謎を、併せて考察の対象にしてみるときだ。とりわけしがいのあるのが、各々の専門家が互いにその問題や研究成果を交換しないときである。

・経済活動のベースとなるのは、資本でも市場でもない。所有権である。

・所有権に基礎を置く社会は、数で勝る民族を凌駕することも可能だろう。なぜなら、所有権は金を生み出すために抵当権を設定したり、金を借りるために信用貸しで担保に入れたりできるからである。

・所有権のない社会は金を、つまり利子の負担がかかる負債をもたず、だからこそいつまでも取り立てていうほどの成長がないのである。

・国の純然たる占有権原――王室の宝玉、王宮、オペラハウス、塵芥処理施設、学校などを始めとするあらゆる国家の占有物――がたくさんあればあるほど、担保に入れられるものは減り、そのために金を生み出す機会も減ることになる。

・金は利息を付けることで生み出されるものなので、債務者による需要を発生させる

・宗教がさらなる暴力を引き起こす可能性をもつようになるには、それ以前に、何ものかのために人を殺すのをいとわなかったり自分が死んでもいいと思ったりする人間がまず存在し、その上で、ほかにこれといった選択肢がなかったからという状況がなくてはならないだろう。

・韓国の強力な経済と、改良を重ねていく北朝鮮の大量殺戮兵器、その双方を備えた7000万の統一国家の可能性を夢見ることが抗いがたいものであることは明らかだ。そして、そうなった暁には朝鮮はもはやアメリカを必要としない。核に関しては中国と肩を並べ、昔からのにっくき隣国日本を抜き去って、はるか先を行く。

・ヨーロッパはアメリカより50万多い200万の軍隊を有しているが、実際に動員可能なのはそのうちのほんの「一部」だ。師団が遠方に速やかに移動するために必要な大型輸送機は、アメリカの250機に対しヨーロッパは11機である。

・イスラエルとの和平が実現したり、あるいはイスラエルの殲滅が現実のものとなったりしたら、己のポストを求めて戦う若いパレスチナ人は、互いに抹殺しあうだけになってしまうかもしれない。

・世界の金の約70パーセントが依然として土地所有権で担保保証されて生み出され、その一方で発展途上国は自国の土地のせいぜい10パーセントぐらいしかそういう所有権として使えてないのであれば、困窮はもとより収入における極端な違いが出るのは当然である。

・外から大量に来てほしいと世界に向けて発信しておきながら、国境で聞かれる生の声は「おまえらじゃない!」というものだ。

・これまでにジェノサイドに適用できる国際刑法は数多く生まれているものの、その執行後はジェノサイドで得をした者も再び人権に護られることとなる。



自爆する若者たち―人口学が警告する驚愕の未来 (新潮選書)

自爆する若者たち―人口学が警告する驚愕の未来 (新潮選書)

  • 作者: グナル ハインゾーン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/12
  • メディア: 単行本



nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『騙されやすい日本人 覆い隠されている危機の構造』 [☆☆☆]

・よく日本人を評して用いられる「ナイーブ(naive 物事の本質がわかっておらず、無邪気でいる)」には、「可哀相なことに」という憐憫の情が込められている感じがするのに対し、この「ガリブル(gullible)」ははっきりと蔑み、嘲っている。

・情報を提供しようとする者には、必ず何らかの意図や思惑がある。「騙す」「煽動する」「錯覚させる」等々、さまざまな手段を弄して接近してくるのである。

・永田町の政治記者が政治運営や政界事情の実態を知っていながら書かないことが、結果として永田町と国民との間にカベを作ってきた。

・番記者は、大派閥ほど大勢のしかも優秀と目される記者が配置され、小派閥には少なくなる。その結果、「大派閥の実力者は、致命的ともいえる弱点でもジャーナリズムでは叩かれず、小派閥の政治家は些細なことでも叩かれる」という傾向が生まれる。

・世界から軽蔑されるような政治家でも、堂々と通用し永らえることができる不思議さ。その理由はもっぱら、日本のマスメディアのお陰にほかならない。日本のマスメディアもまた、国際性を欠いて内向き一辺倒といえるであろう。

・永田町を紹介することだけしかできない「政治記者」「政治評論家」「政界コメンテーター」らによる日本の政治ジャーナリズムが、世界には通用しない「日本の常識」の中で、日本の政治家や国民と向かい合っているのである。

・警官の悪口と消防の美談さえ書いていれば新聞は売れる。

・日本だけが、日々全世界にくりひろげられている仮借ない情報戦争において、「攻撃力」を持つ意思と能力に欠ける唯一の国である、という現実についての認識を、日本自身が欠いている。

・数多くある国家機関のうち、「国益は何か」を、絶えず一番厳しく突き詰めていくのが情報機関であり、国益というものを抜きにして情報機関の存在はあり得ないわけである。

・「起こってみないと(ことの重大性に)気が付かない」という、日本の危機のお定まりのパターンが見られる。

・通信のデジタル化とインターネットの爆発的な普及を内容とする情報革命が、いま世界的に物凄いうねりとなって急速に進んでいる。この流れを速く掴んでモノにした国が21世紀をハッピーに過ごすことができ、立ち遅れた国の国民はアンハッピーな生活を余儀なくされることは、産業革命を例に引くまでもなく明々白々である。

・冷戦後は国際関係の基礎条件が一転した。ひと皮剥けば、ドロドロの無秩序がそこにある。突如、乱暴を働いた者が軟弱な者に勝つ。意地の悪い者がおめでたい甘い者に勝つ。「善い悪い」の問題ではないのである。

・敗因の追求・失敗の総括をおろそかにするとどうなるか。その結果は、「同じ過ちを繰り返す」「向上がない」ことになる。

・発生する事態や事故・事件を「危機管理」の視点から見る時、反省・教訓を引き出すに当たってまず問われるべきことは何か。それは「二度と起こさないためにはどうしたらよいか」「再びあってはならないことは何か」ということである。

・兵庫県や神戸というところは、反戦的な気運、一国平和主義的なイデオロギー色が日本の他の地域に比べて強いとされているところであった。だから、自衛隊の災害派遣など自衛隊と関わりを持つことには強い抵抗感があった。阪神大震災の折にもその実例がいくつか報道されるところともなった。

・「起きてほしくないことは起きない」。コグニティブ・ディソナンス(cognitive dissonance)、すなわち、自分たちにとって都合の悪い事実には気が付かないふりをする、という日本にひろくみられる傾向が、この地には特に強く存在する護憲反安保反自衛隊のイデオロギーと結びついて、「地震は起きない」との意識が定着したのである。

・危機に対して、米国などでは起こり得るあらゆるケースを想定して対応の方策を講じる。日本では、起きてほしくないことは起こらない、起きる筈がない、果ては、起きてはならない、とまでしてしまう。

・日本の場合には、新聞やテレビが一斉に同じことを大問題だと捉えて長期にわたって大騒ぎをしても、それが本当の問題点ではないことを示している。

・新幹線は予算の半分でできる、1兆5千億円かけて出来た関西国際空港は似非漁業権やダンプカーの利権などで暴力団にもたっぷり吸い上げられ3分の1でもできた、ということも、関係者の間では常識のように語られていることである。

・組織犯罪の本質は、世界各国どこでも共通している。組織犯罪とは、暴力の威嚇力を背景に、カネになるものなら何にでも手を出す職業的犯罪者集団である。彼らは、活力と創造性に満ちた起業家であり、また社会や経済の仕組みの変化を敏感に察知してカネに変える錬金術師である。

・テレビの影響力について、「街頭インタヴュー」が、テレビ視聴者に対して、「これが世論の大勢なのだなあ」という認知をさせるのに大きな影響を与える、という実験結果もある。

・日本では記者はジャーナリストである前に会社員なのである。だから、大事件が発生すると「分析」はもっぱら「専門家」なる学者、弁護士、作家などを登場させ、取り繕うことが常態となっている。

・「分析」という作業において、まず必要とされることは、主観的な視点と表現を避けることである。

・日本人が英語で書く論文や新聞の解説などにも、英語の「I think」や「I suppose」に当たる「私」を主語とした主観的な表現がよく使われるが、実はこのような表現は、欧米の「分析」では極力排除される。そして例えば「It is said」とか「It should be mentioned」というよな客観性の強い表現に置き換えさせられる。

・公正取引委員会・証券取引等監視委員会・警察・検察などのいずれかが動き出さない限り中央紙は取り上げようとしない。官が動き出すと見るや一斉に堰を切ったように書きまくり始める。当該案件をどこの記者クラブが扱うかがはっきりしない限り中央紙は動き出さない。

・親が子を叱りつける時、子が親に「なぜいけないのか」と問い返すと、多くの親は返答に窮した。親は小さい時から「かくあるべきもの」とされたことをそのまま励行し、なぜそうしなければならないかを議論したことはなかった。社会全体がそうだったからだ。そのうちに多くの家庭では親が子を叱れなくなってしまった。

・国家権力を支配している官僚に対するコンプレックスを解消するための特効薬が、「世界平和」「地球人」など国家権力より遥かに高い次元に位置する観念に絶対的な価値を見出し、その高い地位に身を置いて、そこから国家権力を見下し、叩くことである。国家のレベルに存在する日本という国を悪しざまに上から踏みつけることである。

・世の中が富んできて、中産階級が増えてきた国々では、かつてマルクス主義の旗を振っていた人びとが唱えていた革命の担い手であるべき労働者・農民・学生が皆金持ちになってしまってその資格を失ってしまった。このような状況の下にあって反権力の側に立つリーダーが考えることは、この世の中に強い不安・不満を抱いている人々や精神障害者や犯罪者などに着目し、それらの者を教唆煽動して権力転覆へのエネルギーを引き出し、テロリズムなど過激な反権力行動に走らせることである。

・本音と建前があるところには、その背後に必ず「責任逃れ」と「軟弱な精神」が見出される。責任を全うする場合に伴う困難と、責任を放棄した場合の気楽さとの落差の前での選択から、本音と建前が生まれる。

・「人権」に敏感な人々も、「権力」という観念に関わりのない人権問題には、いささかの関心も示そうとはしない。

・シェイク・ダウン(shake down カネが枝に実っている木を揺さぶってカネを落とす、という米国の悪徳弁護士および彼らと結託している市民運動家らの用語)

・日本国民は、目に見える危機であっても新聞が一斉に大騒ぎをして取り上げ始めるまでは、それが危機であることすら感じないところまできている。逆に、実際にはそれが本当の危機ではないのに、「新聞が大騒ぎする危機」が「危機」として受け止められている場合も多い。

・一方、日本国民は、消費税アップやゴミ焼却炉・原子力発電所・軍事基地の設置など、自分自身のごく身近な「目先の利害」に関してだけは、異常なまでに強く反応して、にわかに当事者となって熱心に対応する。ただ、自分自身の目先に利害にすこぶる敏感に反応するとはいっても、自らのアタマで深く問題の背景なり本質を確かめようと努力することをしない。いたずらにマスメディアの論調に振り回され、多くの場合、政府批判に終始するというのが、ほぼおきまりのパターンである。

・「気付いていない」「想定していない」ことが、攻撃(奇襲)を呼び込む。「気付いていない」、したがって「備えがない」ところに「奇襲」することが、確実に成功をもたらすことは、軍事上の常識である。

・「目に見える危機」にさえ鈍感な日本国民は、まして、財政危機や「情報戦争」など「目に見えない危機」に対しては、全くと言ってよいほど無力である。

・日本国民は、「世界はもともと混沌・無秩序で、自分が生き残るためには手段を選ばないところ」「世の中は、もともと警戒心も持たず無防備でいると危ないところ」というごく簡単な現実を、すっかり忘れさせられてしまっている。

・報告相手が不在の場合は、その下ではなく、上位に報告する原則は、経験的に得ていた危機管理上の知恵の一つであった。

・首が離れ腸が出ている胴体の側に「七生報国」と染め抜かれた鉢巻きを巻いた首が二つ並んでいた。片目がカッと見開いていた三島由紀夫氏の目を、本当はしてはいけないことだが、随行の宇田川信一警視がそっと閉じさせた。

・危機に敏感であることは、自らの生命を惜しむこと、自らの生命を貴重なものとして大切にすることに由来する精神活動であると思う。自らの生命を無為に失うことのないように常日頃心懸けることによって、危機に対して敏感になる、と考えるのです。

・パン一つで春をひさいでいるところから「パンパン」と称されるようになった。

・必勝の基本は、「自分は最高の手を打ち、相手に最悪の手を打たせる」「さすれば、勝ちはおのずから転がり込んでくる」ということである。

・囲碁を例にとると、初心者の「上達法」は、二つのことを守ることである。一つは、「待ったをしないこと」である。石を盤の上に置いたら絶対に剥がしてはならない。もう一つは、「打つ場所が決まるまでは、石を持ってはならないこと」である。着点を決め、石をつまんだ直後に迷いが出た時は、つまんだ石を碁笥に放り込め。そして、再び考えよ、ということである。

・「悲観論者」には、視野が狭く、分析が半端で、直観力が鈍い人が多い。「楽観論者」はその逆で、視野が広く、分析も確かで、直観力が優れている人が見出される。危機を乗り越える手立てが見えるから楽観的になり得るのである。はじめから呑気な性格で楽観的なのは、もちろん論外である。

・高い力量を具えている者が低い者を見た場合には、力量の低い者がどの程度のことを考えているのかわかる。だが、反対に力量の低い者が力量の高い者を見た場合には、何をどのように考えているかさっぱり見当がつかないばかりか、その相手が自分より優れていることがわからず、自分より低位にあると考えることさえある。つまり「出来の悪い人間は、出来の良い人間のことが理解できない」。

・情報革命下における急激な科学技術の進歩と普及は、それに適応して新しい時代をリードする層と、旧いシステムを是としていて新しい動きの実態が見えないまま陳腐化し果てて行く層との二極化を進めている。

・料亭では依然として、女将も仲居も来客の階級序列の高さを尊び、「偉い人」に失礼のないように心掛ける。店の構えが立派で「偉い人」が来ることをもって、格式が高いと思っている。

・旧体制の人々が異口同音に言うことは「いつになったら景気は良くなるんでしょうね」の一言のみ。この旧体制の社会層は、自らが世の中の変化にとり残された層であることに気付いていない。いつまで待っていても、世の中全体がどの企業も揃って良くなることはもはやありえないのである。

・日銀が発表する景気動向指数DI(「良い」と判断する人びとの比率から「悪い」と判断する人びとの比率を差し引いた指数)が悪い数値を示すのも、対象が旧体制に属する企業か、旧体制によりかかってサバイブしている企業が主たる対象であることも多分に影響していよう。

・大企業における「取締役」といった肩書きも、実は「社内叙勲」以外の何ものでもなかった。それが経済の低迷や株主代表訴訟提起の容易化などにより、果たすべき「責任」を迫られるようになってきて、右往左往している。

・本来は教育すべき立場の人々が時代の急速な変化に遅れをとり、教育されるべき者に対する「指導力の空洞化」現象が生まれた。



騙されやすい日本人―覆い隠されている危機の構造

騙されやすい日本人―覆い隠されている危機の構造

  • 作者: 宮脇 磊介
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1999/09
  • メディア: 単行本



タグ:宮脇磊介
nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: