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『いとも優雅な意地悪の教本』 [☆☆]

・ただ「相手を罵倒する最大級の表現」くらいに思って「死ね!」を使っていると、憎悪は本当に湧いてしまいます。

・「思いがあって言葉が生まれる」よりも、「その言葉があるから思いが増幅してしまう」ということの方が多くて、だから「好きな歌は何度聞かされても、そのたびに泣いてしまう」ということになるわけですね。

・負の感情を増幅しやすい単純な言葉を使うより、その感情を融和して発散しやすい別の表現を使うべきなのです。たとえば、「死ね」ではなく、「死ねばいいのに」です。

・「自分は社会の本流に属している」「自分は主流だ」と思っている人は、意地悪をしません。そういう人は、「意地悪をしている」ではなく、「暴力を振るっている」です。

・教師の仕事は生徒に知識を与えることですが、こればっかりやっていると、ある生徒は「もっと、もっと」のほしがり屋さんになり、別の生徒は「もういらない」と言って勉強を投げ出してしまいます。

・人は、バカなくせに自分のことを、だいたい善人の立場に置いて、「私は悪くない」という前提で物事を考えてしまう傾向があります。

・人は「あのバカ野郎に思い知らせてやる」と思って、ネチネチとろくでもない計画を練り始めると、口許に笑みが浮かんでしまう生き物なのです。

・「啓蒙」というのはバカがいないと成り立ちません。今や多くの人が「自分はバカじゃない」と思っているので、「啓蒙」ということを嫌います。

・「ファッションセンスがいい」と言われる人は、「服の魅力を活かすために自分を抑える」ということが出来る人。

・「難しい言葉ばかり知っていて、簡単な分かりやすい表現ができない」という人が今でもいたりして、そういう人は、その気がなくても晦渋な悪文になってしまう文章を書く。

・方便として「ごめんなさい」と言えばいいのに、彼は言わない。余分なことを言って逃げる。それで結果、「あの人って、なんか人格的に問題があるんじゃないの?」というところまで行ってしまう。

・昔の人は、知性とモラルを同居させてましたね。だから「立派な人」になれた。

・きっと勉強のできる優等生だから、モラルより「勝ち負け」の方が重要なんでしょう。

・知性とモラルを分離させている人達は、モラルというものを「内なるもの」と思ってはいない。「自分の外側になる社会的な規制」をこそモラルだと思っている。

・昔の日記は「人に見せないもの」ではなくて、「他人が読んで参考にする行事のドキュメント」でもありますから、パーソナルであると同時に正確な事実の記録という不思議なものです。

・すごいことをやれば誰でも「すごい」と思うものだと考えていたけれど、「すごい」ということを理解するそのことさえもが才能で、誰にでも訪れるようなものではないということに驚いた。言われてみれば、確かにそうだ。

・今でも「知性は善なり」という単純な信じ方をしている人はいくらでもいますが、知性はあまり善悪とは関係なくて、「既成の常識を引っくり返してしまうだけの力を持っているもの」でもありますから、その点では「こわいもの」です。

・人間は、堅気の道をちょっとだけ踏み外すと、その分だけ悪になる。実社会に存在するのは「堅気の道」だけで、「悪の道」とか「悪の世界」というのは、「非堅気」を言語化しただけの実体のないものです。

・いつの間にか悪役というものは「ヒーローの属する正義の組織の上司」という日常的なものになってしまった。

・中国には、「悪とは何か?」という考え方がなくて、あるとしたら「正しくないとはどういうことか?」という問いしかありません。

・中国では「悪=正しくないこと」で、これは儒教を輸入して公式の学問にしてしまった日本でも同じです。

・「正しくないこと」は「よくないこと」なので、そういう事態に陥らないように、昔は「正しいこと」ばかり教え込んで、その後の「道徳アレルギー」の下地を作ってしまいました。

・法というものは「これが悪である」と規定して、様々な「悪」を列記するものですが、「悪と何か?」を考える習慣を持たない世界では、法に引っかかる前の段階で「これは正しいか、正しくないか」という判断は、自己裁定にまかせられるのです。「個人次第」だから、人が駄目になると割と簡単に「全体がグダグダ」になってしまう。



いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書)

いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書)

  • 作者: 橋本 治
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2017/09/15
  • メディア: 新書



いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書)

いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2017/09/20
  • メディア: Kindle版



タグ:橋本治
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『僕らが毎日やっている最強の読み方』 [☆☆]

・知識は、生き残るための武器であり、かつ、「防具」にもなります。

・世の中で起きていることを「知る」には新聞がベースになり、世の中で起きていることを「理解する」には書籍がベースになります。

・歴史を学び直すには、高校の「日本史A」「世界史A」の教科書・学習参考書で基本と大まかな流れを押さえるのが一番手っ取り早い。

・海外のニュースは新聞に限らず、日本のメディア全体から減っていますね。日本人の精神が内向きになっていることの裏返しの現象だと思います。

・「全国紙」というと全国の人が読んでいると思いがちですが、実態は大都市とその周辺の人が主に読んでいる「大都市圏新聞」と言った方が正確なんです。

・海外の新聞は、事実関係については通信社の記事を最大限に使い、自社ではそれ以外のコメントや独自で抜いてきた記事に注力するなどとすみ分けています。

・週刊誌のスクープについては、週刊誌だけで終わってしまうか、新聞など他のメディアが後追いするか、それが影響力の大小を決めるひとつの分かれ目になります。

・専門家が集まって議論する「円卓」スタイルは海外の雑誌にもありますが、分野の違う人たちが集まって井戸端会議をやり、それを商品化する「座談」スタイルは、おそらく日本の総合誌だけだと思います。テレビのワイドショーはその「座談」スタイルの視聴覚版なんですね。

・週刊誌の影響力は、実売部数よりも新聞広告と中吊りによるところの方が大きいかもしれません。公称数十万部の雑誌でも、新聞広告と中吊りを含めればゆうに数千万部の媒体になりますから。

・新聞、雑誌、ネットを問わず、「何を読むか」だけでなく「何を読まないか」も非常に重要な技法です。

・SNSもメールも「即座に返信するほどいい」という風潮がありますが、それもどうかと思いますよ。雑談でも悪口でも、すぐに返そうとするから、みんな気持ちが荒くなっている。

・英語の学習を意識するなら、BBCが英語学習者向けに出しているサイト「LEARNING ENGLISH」もいいですね。英語の単語数を限って、日本の高校1年生ぐらいの英語で読めるようになっています。

・クラウドを「ゴミ箱」にしないことです。読んでもいないものを何でもかんでもクラウドに放り込んで、「ゴミ箱」状態にしている人は、結構多いですから。

・小説の重要性に気づいたんです。ただのエンターテインメントではなく、文化や歴史をよく表している情報源だと。

・くまなく説明しがちで、大事なところも抑えていますが重要でないところも説明するので、メリハリがなくてわかりにくい。

・「騙されないための訓練」という意味なら、良質なミステリー小説を読むのがおすすめです。

・最近のSFは荒唐無稽が荒唐無稽のまま、説得力のないただの妄想が描かれている作品が増えている印象があり、その点は非常に心配です。これは、日本人全体の理科系の能力が低下していることと無関係ではないはずです。

・政治や経済でいえば、ニュースを理解するための基礎知識は、中学生向けの「公民」の教科書にほとんど解説が載っています。

・その言葉を日常的に使っていない環境では、「読む」「聞く」の受動的能力を基本に勉強するのが正しい方法だと私は確信しています。能動的能力が受動的能力を超えることはありませんから。

・語彙は「教養のあるなし」を如実に反映します。英語でいうと「take」や「have」「do」といった色々な意味に使える動詞ばかり使う人は語彙数が少ない、すなわち教養のない人間とみなされます。

・語学はギリシャ語でいう「テクネ―」、すなわち頭で理解するだけでなく身体で技法を修得する必要のある知識なので、日常的な努力が重要です。

・アメリカの教科書がわかりやすいのは、「教師を信頼していない」ことの裏返しとも言えます。教科書がわかりやすければ、どんな先生でも、生徒たちが自習できますから。

・ロシアの子供は6~7歳になると、「家の中でなら言っていいこと」と「外に出ても言っていいこと」の区別がつくようになる。

・「黒い勉強」を教えてくれるのもいい先輩です。ビジネスパーソンは真面目に「白い勉強」だけやっていればいいわけではありませんから。

・あらかじめ考えた仮説に従って内容をまとめるのが「演繹法」です。

・調査した内容をもとにストーリーを組み立てる「帰納法」のように、現場主義的なやり方がいいわけではありません。

・自分にとって不都合な情報の99.9%は、実は自分自身の口から出ている。人間は秘密を暴露したい動物なんですね。別に話さなくてもいいはずなのに、それでも話してしまう。

・つるみたがる人たちは往々にして、先へ行こうとする人の足を引っ張ることもあります。



僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意

僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意

  • 作者: 池上 彰
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2016/12/16
  • メディア: 単行本






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『出口汪の「最強!」の論理的に考える技術』 [☆☆]

・論理とは簡単な規則に従った言葉の使い方です。それなのに、その規則すら理解せずにものを考えようとするから、結局ぼんやりしてしまったり、独りよがりの思いつきになったりしてしまうのです。

・演繹法とは抽象から具体を導き出す方法、帰納法はそれと逆で具体から抽象を導き出す方法。

・具体から抽象を導くにはある種のひらめきが必要だ。だから、そのひらめきを持ったニュートンはやはり天才だと言っていい。

・演繹的思考法にはひらめきも才能も一切要らない。ただ論理的な思考を頭に置いて、一定の訓練をするだけでいい。

・数学だって公式が抽象、それを使って個々の問題を解くのだし、物理だって公式を使って、個々の現象を説明できればいいだけだ。すべてが抽象→具体という演繹的な頭の使い方にすぎない。

・勉強はどんな分野でも一を聞いて十を知ることが、その秘訣だ。最低限のことしか記憶しない、物事の共通点を考える、そうした怠け者こそが成功するんだよ。

・インプットする以上に、アウトプットが大切である。それには人に対して、論理的に説明することを心がけるべきである。

・世界を言葉で整理できない人は感情的で、非論理的で、つまりは、犬や猫レベルってことですか?

・専門家は知識や優秀さではなく、専門用語で書かれた文章を理解し、専門用語でものを考え、専門用語で文章を書ける人だ。

・お互いに何となく雰囲気で分かり合っているってことで、その雰囲気が分かるのが仲間なんだな。

・感情語ばかりだと、それを雰囲気で察することができる狭い集団を形成しがちだ。その集団の中では言語はどんどん省略され、感覚的になる。その結果、その集団以外では居場所を持てなくなるんだ。

・ただ雰囲気だけで仲間になっているから、結局のところ孤独だし、ちょっとした感情のもつれや気まぐれから、突然仲間外れやいじめが起こる可能性を察しているから、いつも仲間内の動向を気にしているし、、自分を殺してまで仲間に合わせようとする。

・先輩や書物から学んだ思想を振りかざすだけなら、思考停止状態ではないかとも思った。

・今まで学校で「答探しの教育」を受けてきたから、先生が答えを持っていて、それをすぐに教えてくれると信じ込んでいる。それこそ思考停止状態だよ。

・弁証法とは、対立する命題をより高い次元で統一を図る発想法だ。

・ライオンが獲物を殺すとき、自分の行為に対して罪悪感を抱くことはない。殺された牛や豚を可哀想と思うのは、人間の思い上がりではないか。

・僕たちは殺人を犯罪だと考えているが、戦争中多くの敵を殺した人は英雄だった。

・あえて「コインは長方形」と表現を変えてみる。表現を変えるということは、同じものでも別の角度で眺めることに他ならない。その結果、今まで見えていなかったことが見えてくる。これがレトリック感覚なんだ。

・言葉は知っているとか、理解しているというレベルでは駄目で、習熟、つまり、身体化しなければ意味がない。

・箸の持ち方も、いったん習熟したなら、生涯体は覚えているものだよ。頭も同じで、一定期間の訓練によって習熟すれば、後は勝手にどんどん論理的になっていく。

・論理力を短期間に集中的に鍛えることができる方法がある。接続語だよ。どんな本でもいいので、好きなページをコピーして、接続語を全部黒塗り潰す。そして、頭の中で接続語を補いながら読んでみる。



出口汪の「最強! 」の論理的に考える技術

出口汪の「最強! 」の論理的に考える技術

  • 作者: 出口 汪
  • 出版社/メーカー: 水王舎
  • 発売日: 2016/12/02
  • メディア: 単行本



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