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『森遊びの日々』 [☆☆]

・かつては、ものの値段は、人間の労働によって決まるものだという感覚が(マルクス主義?)ありましたが、今は、それがエネルギィに変わったわけです。ものの値段は、最終的には、生産に必要なエネルギィ量に行き着く。

・外国人には電柱や電線が珍しいらしく、どことなく退廃的というかパンクというかスチームというか、そういうイメージだそうです。

・相手の意見に反対する場合には、まずその意見をわかる必要があります。わかったうえで、私の意見は違う、と述べる。これが「反対する」という行為です。「わからない」では、非難にならないし、また非難する資格もない。

・以前は品物も情報も都会へ出ていかないと入手できませんから、人々は都会に集まりました。この都会の優位性が今はなくなったことに、まだ都会人は気づいていないように思います。

・由緒のある場所へ行って、そこで写真を撮ってくるわけですが、その由緒については説明を聞きません。ただ、自分の写真を撮るだけです。

・実験をして初めてわかるような事象というものがあるのです。頭の中で考えているだけでは、人間は隅々まで見通せない。でも、自然現象は、どんな些細なことでも見逃さず、結果を出してくれるのです。

・指導というのは、これをやるな、ではなく、こうすると得があるかもしれない、という可能性を見せることではないか、と思います。

・自分は、理屈を説明している。単語を教えているのではない。そこが理系の特徴といえるかもしれません。

・戦時中の「鬼畜米英」みたいなもので、何故それがいけないのか、どうして拒否するのか、反対する理由は何か、という理屈はありません。それから解放されるためには、新たな言葉による支配しかない。

・つららというのは、寒かったらできないのです。だって、水がありませんからね。滴るものがないのです。つららができたら、「ああ、春になったなあ」とほのぼのとします。

・質問は、その内容から質問者のレベルがほぼ特定できますから、それに応じた返答しないないといけません。ほとんどは初心者で、ごくたまに中級者がいます。上級者は質問をしてきません。単なる感想と、自分ならこうする、という意見になります。

・既に、AIはネットのデータを参照し、学習をしています。今ネット上にあるデータが、AIの知性の元となっていきます。

・出版に関していえば、日本人の大部分は本も文字も読まない人たちですから、そういう人たちが何をしているのかを観察する必要があります。商売は、現在の顧客ではなく、顧客以外の人たちを見ていなければならない。

・かつては、赤ちゃんが泣くというのは鶏が鳴く、鳥がさえずる、川のせせらぎが聞こえる、と同種の自然だと認識されていました。そういった自然を排除したのが「都会」なので、犬や幼児の声にクレームがつくようになったのです。

・「ある」が動詞なのに、「ない」は形容詞なのです。これが不思議。「ある」は動作で、「ない」は状況なのです。

・映画も、今では「新作だからすぐに観に行こう」という人は減っているはずです。何故なら、膨大な過去の作品がいつでも見られるからです。

・「平和」というのは、均衡が取れている状況のことで、ようするに問題を抱えたままバランスをとることなのです。

・きっと、音楽も演劇も、そのほかの芸術作品も、かつてよりは量産されているのに、世間で消費されない作品が増えているのでしょう。

・完璧主義ではありません。完成主義といえます。

・説明責任とは、無関係な大勢を納得させることではないと思います。

・人間はつい目の前の具体的な問題にだけ目を向けてしまう傾向にあります。「これが問題だ」と決められると、もうそれしか考えなくなるのです。「これが問題かも」といっただけで、そうなります。

・匠の技までは至りませんけれど、素人が最初から90点を取れるほど、機械がサポートしてくれる時代なのです。

・普通の建物は、嵐や洪水ですぐに壊れてしまうし、そうでなくても長持ちしませんから、今に残っている古建築は、超高級なものばかりなのです。



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  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/02/21
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