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『人生の軌道修正』 [☆☆]

・甘える能力のない人は、いわゆる「困った人」になりがちです。彼らは基本的に人を信用する能力がないからです。クレーマーと呼ばれる人たちは、他人に甘えているようですが、そうではありません。彼らはきちんと甘える能力がない人なのです。だから相手がなんとかしてくれるのを待ちきれずに、怒鳴り込んでいってしまうのです。

・「ある程度は、素の自分を出しても大丈夫」という感覚が大切だということであって、真の自己をすべてさらけだしてしまったら、社会に適応など到底できません。

・昨今、メディアリテラシーが大切だとよく言われています。英語でいうとなんだか新しいことのようですが、なんのことはありません。みんなが最悪のパターンを信じ込まされているときに別の可能性を考えられるということ、たとえばワイドショーに突っ込みを入れられる能力のことです。

・1990年代の半ばから、少なくとも先進国では生産が消費を上回り、生産者より消費者の方が強くなった。

・モノあまりの時代には、生産しないで消費だけしてくれるキリギリスは、とても貴重な存在です。その逆に、消費はまったくしないで、ひたすら生産に励むアリは、モノあまりを悪化させる困り者だという考え方もできます。

・働いていない人を働かせて年収200万円を稼がせるために公共事業をやろうとすれば、1000万や2000万はかかってしまいます。それならば、年間200万円の生活保護を支給した方がよほど安くすむし、しかもそのお金はすべて消費してもられる。

・テストで60点とった子供に、「次のテストで100点とったらハワイに連れていってやる」ということと、「65点とったら少年ジャンプを買ってやる」ことのどちらがいいか選ばせると、少年ジャンプをとる子がずっと多いのです。人間は手に入りそうだと思えば小さな報酬でも頑張るし、無理だと思えば大きい報酬でも頑張らないものなのです。

・キリストは30歳ほどの若さではりつけになりましたが、孔子は72歳、釈迦は80歳の長寿をまっとうしました。自分が長生きすれば、年寄りの気持ちがわかるようになるのはもちろんです。儒教や仏教がキリスト教より高齢者にやさしいのは、こうした理由からでしょう。

・現代はモノあまりの時代です。共産主義が衰退した原因のひとつに、生産性の低さが挙げられます。しかし、その生産性の低さは、生産性があり余っている豊かな国にとっては歓迎すべきものかもしれません。共産主義を導入すれば、モノあまりが解消するかもしれないからです。

・塩分や甘いもの、たばこを控えろというような「健康常識」は、三大成人病を前提としたもので、いわば中年までの身体を守るための知識です。それにもかかわらず、高齢者も長生きするためにはこの「健康常識」に従うべきだと、これまで信じられてきました。しかし、中年の健康にいいことが高齢者の健康にもいいという保証はありません。

・たばこを吸うということはロシアン・ルーレットのようなもので、ある程度の年齢まで生き延びた人は、ゲームに勝ち残った人ということができそうです。だとしたら、大変な苦労をしてまで長年の習慣を断ち切る必要はありません。

・ぼけを疑って病院に来る人のうち、家族が連れてくる人の大半は本当にぼけていて、自分で来る人の大半はうつのようです。

・兼好法師のような鋭い感受性を持った人なら、どんなつまらないことでも面白く感じることができますから、前頭葉も刺激されるし、免疫機能も上がるでしょう。しかし、普通のお年寄りにそうした感性を要求するのは無理というものです。

・平均寿命というのは、若いうちに亡くなる人もすべてひっくるめて計算したものですから、ある段階まで生き残った人の寿命は平均より長くなります。つまり私のように40代後半まで生き残ることができた人間は、おそらく80代前半までは生きられる可能性が高いのです。

・人間は、寂しさが原因でうつになることは、実はそれほどありません。寂しさは、次第に慣れるものだからです。ところが子供の家族と同居していると、家族間のちょっとしたトラブルや、自分はみんなに迷惑をかけているという罪悪感から、うつになってしまうことがあります。

・人が全然訪ねてこないということは、原則的には、それまでひとりで買い物に行けるレベルであったということを示します。孤独死と言われるような死に方の中には、実は「ピンピンコロリ」の典型が多くあるはずです。ピンピンコロリとは、最期までピンピンと元気にすごし、死ぬ時は長患いすることなくコロリといくという、よく高齢者が理想とする最期のことです。

・日本社会には、親の面倒は子供が最後までみなければいけないし、そうしてもらえない年寄りはかわいそうだという、強迫観念のようなものがあります。そうした思い込みは、老人とその子孫両方を不幸にしてしまうものだといえます。

・若い頃の頭のよしあしは寿命にあまり関係ありませんが、年をとってからの頭のよしあしは、なんと寿命に直接影響するというデータがあります。

・「脳年齢が若返った」「脳が活性化した」と喜んでいるだけでは、高いコンピュータを買って、ソフトもろくに入れないまま「最新のCPUだ」「ハードディスクが1TBもあある」と自慢しているのと同じことです。実際は、それよりCPUが古くてもハードディスクの容量が小さくても、いいソフトがたくさん入っているコンピュータの方が利用価値は間違いなく高いのです。

・物事の解決法をとっさに編み出すことができるような天才は、滅多にいるものではありません。常識的なレベルで頭がいいかどうかは、解決のヒントとなる知識を持っているかどうかで決まります。その知識をきちんと詰め込まないことには、身につかないのです。

・実は英単語も公式も、問題は覚えられないことではなく、思い出せないことだったのです。

・毎日ブログを書いている人は、そのことによって引き出しの経路が増えます。ブログを書かない人からみると、「よく毎日書くことがあるなあ」と思うかもしれません。しかし、これは話が逆なのです。毎日書いているから、書くことがあるのです。ほんの数行ずつでも書いていると、自然とまた書くことが生じるのです。

・インターネットだけをみていると、テレビや新聞を通じて誰もが知っている「常識」がわからなくなってしまいます。

・「スパイ」ときくと、機密情報をとってくるのが最大の任務だと思いがちですが、現代のスパイというのは、どうやら情報操作の方が大きな仕事のようです。つまり、ある国に入り込んで、その国を親米的にするとか、反日的にするということをやっているのだそうです。

・「フロイトはああ言った」「ケインズはこう言った」というふうに、その分野の権威の理論を正しいことと考えるのが、いわゆる文系の発想です。それに対して、誰が何と言おうが実験してみないとわからない、というのが理系の基本的な発想です。

・日本の理科実験というのはまるで料理教室です。結果がどうなるかわからないから実験なのであって、絶対成功するようなことをマニュアル通りにさせても、それは道具の使い方の練習にすぎません。

・子供たちは成績やスポーツで順位をつけられない代わりに、お互いを友だちの数によって序列化し、そのような状況は「スクールカースト」と呼ばれているそうです。

・場の空気(あるいは人の気持ち)は読めるに越したことはありませんが、読めたからといって、それに合わせなければならないわけではありません。

・ダメな人間ほど「誰々とは知り合いだ」とか「何々先生と親しくて」というようなことを強調するものですが、先方はその人のことを知らなかったりします。使えないコネなど、いくら持っていても意味がありません。

・嫌われないためには建前を言わなくてはなりませんが、好かれるためには本音を言わなくてはなりません。したがって、嫌われないようにしていては、好かれないということになります。

・「親の顔が浮かぶ」という表現がありますが、親に愛されている実感のある子供は、友だちに誘われて万引きをしてしまったという時、まっさきに親の顔が浮かびます。そして、罪悪感を感じてもう二度と万引きなどしませんが、親の顔が浮かばない子供は、「意外にスリリングじゃん」「簡単に金が稼げる」などと思ってしまうものです。

・子供に道徳心を身につけさせるためには、ガミガミ叱るより、自分を愛してくれる親を泣かせたくないと思わせる方が高度なテクニックです。

・小児科医は訴訟を起こされる可能性が高く、激務だとも言われますが、子供を助けたときには親から大変に感謝されます。ところが患者が認知症の高齢者だと、肺炎の治療をして命を救っても、家族からはがっかりに近いような言われ方をされることさえあるのです。

・世の中のことは、理屈どおりにいかないし、ましてや人間の予想通りにならないことがたくさんあります。やってみないとわからないというスタンスの方がはるかに楽です。



人生の軌道修正 (新潮新書)

人生の軌道修正 (新潮新書)

  • 作者: 和田 秀樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/04
  • メディア: 新書



タグ:和田秀樹
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