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『続・反社会学講座』 [☆☆]

・社会問題として語られる論説の多くは、じつは個人的かつ感情的な意見にすぎません。それを客観的かつ科学的な学説に格上げするために、学者のみなさんは世論調査や意識調査の結果を裏づけとして用います。

・意識調査の結果からなんらかの結論を引き出すのではなく、なんらかの予測を裏づけたいがために、ほとんどの意識調査が実施されている。

・学者は意識調査という名の取り調べで得た自白をよりどころとして、個人的に気にくわない人たちを、世の中を悪くする犯人に仕立て上げる。

・昔は家にカギをかけなくても泥棒なんて入らなかった──おっとっと、それはあなたの実家が貧乏で、盗られるものが何もなかっただけの話です。個人的体験を歴史的事実として一般化するのは乱暴です。

・ともすると老人たちは、現代の悪を際立たせたいがために、美化した過去を持ち出す愚を犯しがちです。

・日本の住宅は長い目で見ると資産どころか、消耗品、不良債権でしかありません。

・専門家の説に一般人がまともに反論するには、専門知識を学ばねばならないので、圧倒的に不利です。結果的にシロウトは、「まちがいとはいえない」というレベルの学説で押し切られ、力負けします。

・日本では月々の住宅ローン返済額は月給の二割から二割五分まで、アメリカでは月給の三割までなら安全とされてます。

・くよくよしないための百のヒントとは、裏を返せば、くよくよするためのシチュエーションを百個紹介してしまっているのと同じことです。

・一般に、悪人は決断力に秀でていて、迷わず悪事を働きます。くよくよする人は「あの野郎、殺してやる!」と怒りに駆られても、「でも、そのあと逃げるところもないし……」とぐずぐず悩んでいるうちに殺意が遠のきます。前向きな人ほど、カッとなった勢いで悪いことをしてしまいがちです。

・一部の学者およびマスコミは人を裁くための道具として経済学を堂々と使ってしまいます。少子化やニートやパラサイトシングルがGDPを押し下げるなんてのは、社会学者が上げたトスを経済学者がアタックした見事な連係プレーで、その華麗さにマスコミは魅了され声援を送ります。

・意識調査の結果を見てあれこれいっているようでは、まだまだです。調査の見方を百八十度転換し、この調査の企画者は誰で、なぜこんな質問をするのだろうか、と分析してみることで、ほうら、このように日本の中高年男性の欲望が露わになるのです。

・よその子と自分ちの子を観察・比較して、「ホラ、よその子のほうが立派だぞ」なんて説教する父親を尊敬できますか? 青少年意識の国際比較は、まさしくそれをやってる。

・いち早くパターンをみつけ、じょうずにマネをするというのが、まさに偏差値秀才の得意技です。

・当事者に会ったこともない、統計データも見たことない赤の他人が、テレビの二時間サスペンスドラマの知識をもとに犯人の心理を推測したところで、なんの意味もありません。

・木製の巣箱とコンクリートの巣箱でマウスを飼育する実験が行なわれました。木製の巣箱では母マウスは熱心に子育てをしましたが、コンクリート巣箱では子育てをしません。という実験結果を私がどこで見つけたかといいますと、木造住宅の建築を請け負う工務店のサイトです。

・オレオレ詐欺や振り込め詐欺の被害を防ごうと、テレビや新聞が手口を事細かに報道しましたが、それによって犯人の学習効果を高めて、かえって被害が激増してしまいました。

・無礼な大人の周囲には、無礼フェロモンを嗅ぎつけた無礼な若者が、自然と寄り集まってくるのでしょう。

・賞を贈る側には「われわれは善意で賞を贈っているのだ、善意を喜ばない人などいるはずがない」という無邪気な自負があります。善意も権威になりうることも、そうした権威のいやらしさも、彼らには永久に理解できません。

・博士過程に進むことによって年齢もプライドも高くなっているといって、敬遠する企業が多い。能力・学力のある人をわざわざ敬遠し、四年できっちり卒業予定の、毒にも薬にもならない学生ばかりを採用している現実を目にすると、日本企業の「これからは能力主義・実力主義・成果主義の時代だ」という言葉が口先だけであることがはっきりします。

・実力主義の会社で、自分より能力のある人間を雇ってしまったら、自分が現在の地位を追われてしまいます。おのれの保身のためには、社長も人事担当者も、自分より実力のない人間を雇うしかありません。こうして実力主義の会社は、無能な人間の掃き溜めと化していくのです。

・一流の人は一流を雇う。二流の人は三流の人を雇う。

・地方では間引きはこっそり続けられました。柳田国男は、すべての家に一男一女のこどもがいる村があったといいます。ちょっとしたホラーですね。人為的な産児調整が行われないかぎり絶対ありえないことです。

・「ボクはいつも合理的に考えるから」とか「合理的に考えよう」みたいなことを気安く口にするのは、たいてい底の浅い人間です。真剣に悩んだり考えたりするのがめんどくさいから、合理の名を借りて思考を停止してしまっているだけなんです。

・「べき論者」はたいてい、人生で大きな不幸や挫折を経験していない人です。ご自身がしあわせな家庭でなに不自由なく育ったがゆえに、それが普通であって、不幸に見舞われる人間がいることを想像できません。

・われわれ部外者に、こどもの命を救っている人たちを批判する資格などないのですよ。

・『今昔物語集』には、つまらぬ正義や勇敢さを誇示したために盗賊に殺された老人を、人々が「なんとも大和魂のない人だ」と蔑む話があります。裏を返せば、プライドや大義など気にしない、ムダに命を賭けない、頭を使って争いを回避する人こそが、大和魂の体現者として称賛されていたということになります。

・それまでさんざん威張りくさっていた連中が落ちぶれていくのを目にして、やんやの喝采を送るのは、庶民の昏い悦楽です。

・為政者や英雄の偉大さばかりを教えるのは、お前ら庶民の子孫など取るに足らない存在なのだから偉い人に黙って従えという、いけすかない教育法です。

・江戸しぐさは昭和後期に突然登場しました。実際に江戸しぐさが存在したという証拠はひとつもありません。ですから江戸文化の(まともな)研究者はみな、江戸しぐさを無視しています。

・知らないことを調べることを、学問といいます。知ってることだけしゃべるのは、単なる雑学自慢です。

・お客さんが喫茶店や喫茶室というものに対して求めるもの、それは日常から一歩寄り道して一息つける空間である。だから、日常のくすんだ空気をそのまま残しているような店は一流とはいいがたいのだ。

・給仕は奉仕者であって、従者ではない。神は人間に奉仕するが、しもべではないのと同じだ。



続・反社会学講座 (ちくま文庫)

続・反社会学講座 (ちくま文庫)

  • 作者: パオロマッツァリーノ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2009/04/08
  • メディア: 文庫



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