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『不幸になる生き方』 [☆☆]

・まずい国家の統治とはどんなものなのかを徹底的に分析し、そのまずさの原因を知ることを通して、よりよい国家運営が可能になる。

・強い人はミスが少ない人であり、決してウィニングショットが強い人ではないということです。

・他責的な人は、人にすがって生きているため、どうすれば自分が幸せになるかが見つかりません。そして、それがわからないから、他人から与えてもらおうとすがりつきます。他人から与えてもらったものだからこそ、自分でそれを選らんだという自覚に乏しく、失敗したり嫌な目に遭ったときも、「あれは○○さんのせいだ」「○○さんにだまされた」といった感じで、人に責任を押しつけて自分を反省することがありません。

・「責任」とは遂行能力・対応力があるということ。

・「他責的な人」は対応能力がないから、他人に任せるしかなく、自分の不幸の理由を他者に求めて、批判するばかりで自分は何もしないため、どんどん不幸になっていきます。

・自分がすばらしいということを証明するためには、他人が自分より劣っているということを証明したほうが、努力で自分を変えるより簡単なのです。

・独立心を持つ人間を「引きずりおろす」現象は、まさに他責的な人たちの「お祭り」でしかなく、ここから社会には何もよいものはもたらされません。

・他人と比べる幸せというのは言ってみれば相対評価による相対的な幸福感です。これに対して、過去の自分と今の自分を比較するのは絶対評価による絶対的な幸福感です。

・「他人の不幸を見て、自分を幸せを感じる」というのは、実に歪んだ心の働きだと思います。

・しょせん、他人はアドバイスしかしてくれなくて、自分のリスクなど肩代わりしてくれないのだ、そんなことを期待してはいけないのだ。

・多くの人は、不運と不幸の区別がついていないように感じています。

・ある意味、恵まれすぎた人たちの若いときの成功は、補助輪つきで自転車に乗っているようなものですから、補助輪が外れたときは、転んでしまうわけです。

・「周りが私を助けてくれない」と嘆いている間は、物事は動きません。そしてますますつらくなります。しかし、左岸に立って同じ状況をながめている人は、「私がどんな工夫をすれば、周りは動いてくれるだろうか」と主客逆転の発想をしています。

・問題解決の手法として徹底的にたたき込まれたのは「反論するときには、必ず対案を出すこと」でした。よりよい案を提示できなければ、反論の説得力が弱くなるということです。

・海外では、宗教教育かそれに準じたような教育を受ける場合が多いので、それぞれの宗教観に基づいた幸福論のフレームワークを子供の頃から、インストールされます。幸福論の観点から言うと、大変これはよくできたシステムです。

・「日本人は無宗教」と言ったときの「無」という意味は、名前の「無い」宗教のことで、祖先崇拝のような「自然宗教」のことを指しています。

・仏教は本来祖先供養などしない宗教なのに、日本では葬式仏教と呼ばれるくらい葬式とその後の供養にばかりなった。

・神様からも、宗教コミュニティからも「安心」を得られない日本人は、他者からの評価を気にし続け、その状態がひどくなると、常に自分を評価してくれる「ご主人様」「マスター」を探してしまう癖があるように思います。

・他責の人は、単一アイデンティティ思考なのです。職場もしくは学校の自分がすべてで、いわゆる、「労働一神教」の下で生きているということです。

・他責の人は上司や先生に認められることが非常に重要で、アイデンティティを託している学校や職場という閉鎖された空間で爪弾きにならないように、ひたすらミスを恐れています。

・対人関係を持とうとするのは、自分にかわって現実のトラブルを処理してくれる「奴隷」か、もしくは、自分のプライドを満たしてくれる「ファン」の2種類だけです。そして、相手が「奴隷」や「ファン」の役割を停止すると、他責の人は、容赦なく関係を切り捨てます。

・会社の課長は、課長「である」から偉いのではなく、課長としての業務を「する」から偉いのです。

・自己責任論をふりかざすのは、まさに他責的な人のやり口そのものです。すなわち、自分が何をすればいいのかを考えるべきであって、それ以外の「であること」を理由に、他人を責めてはいけないのです。

・ジェットコースターに無理やり乗せられ、どこに向かっているかもわからないまま、恐怖のうちに人生を終えてしまうのが「他責の人」で、自分で道を選択し、速度も快適なものにコントロールし、風景を眺める余裕を楽しみながら、ドライブをしているような人生を歩むのが「自責の人」です。

・大企業の中には、会社にしがみついていれば安心だとばかりに、日々の仕事に熱中している人たちが数えきれないほどいます。

・「会社の寿命は30年」という当たり前のリスク意識を持っている人であれば、今の会社に自分の持っているリソース(時間、エネルギー、愛情など)すべてを投入することが大変危険なことに気づくでしょう。

・いつもランチに行く店で、メニューに飽きてきたなと思ったら、「塩味をしょうゆ味にできますか」などとお願いごとをするような、ささいなことから始めてみるのです。このような小さな習慣の積み重ねで、自分の周りの環境を自分の力で変えられるということを体の中に染み込ませる。

・周りに対して何の影響も与えられない、何の変化も作ることができない人は、外から自分にふりかかる影響ばかり気にして、不満をためがちです。一方、自分ができること、影響を与えることのできることに注目できる人はストレスも少ないのです。

・「急いでもいないのにタクシーに乗ってしまう」という悪い習慣を遠ざける仕組みは、「タクシーに乗るお金を財布に入れておかない」です。このように、目標を決めたら「頑張る」ではなく、行動を「仕組み化」してしまうことが目標達成のポイントです。

・たとえば1日に仕事に8時間使う生活と、16時間使う生活で、はたして、2倍の効用が仕事から得られるでしょうか?

・金銭と幸福度の相関関係が非常に高いことは、事実と認めざるを得ないところがあります。それは、お金がさまざまなモノやサービスと取り換えがきくからです。

・自分が誰かを非難しそうになったら、WHATではなくWHYで考えることです。つまり、「あの人の何がダメなのか」と考えずに、「なぜ、私はその非難をする必要があるのか」と考えてみてください。そして、思考する対象もあの人ではなく自分に切り替えるのです。

・身の回りの整理にせよ、情報整理にせよ、整理そのものが目的ではなく、行動しやすい環境を作るための手段であるということです。

・どんな習慣であっても、最初の1歩は行動です。積み重ねるべき行動がなければ、習慣は生まれません。

・体育会系の運動部やスポーツサークルのプラス面は、監督やコーチから怒鳴られることが当たり前なので、失敗が怖くなくなっていくことです。

・利己主義者は天動説タイプですから、どんなことでも自分の手柄にカウントしたがります。したがって、人の幸福や不幸を、個人の努力だけの問題に還元しやすい傾向が強いのです。

・「ウッフィー」とはもともと『マジック・キングダムで落ちぶれて』というSF小説に出てきた信頼通貨の名称です。他人からの感謝や尊敬、評価が一種の通貨となって、個々人の中に蓄積され、モノやサービス売買もウッフィーで決済する。したがって、人からの信頼や尊敬を集めている人が富みのある人なのです。

・ギフト経済の世界では、「対価」という発想ではなく、一見自分の得にはならないスキルや知識の「贈与」が他者からの信頼や尊敬を集め、より大きな見返りとなって戻ってくるのです。

・誰にでもできてコストのかからない利他的な行為は、互いに褒め合うことです。



不幸になる生き方 (集英社新書)

不幸になる生き方 (集英社新書)

  • 作者: 勝間 和代
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/06/17
  • メディア: 新書



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