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『黒猫の接吻あるいは最終講義』 [☆☆]

・人間の生きている時間なんて、生まれる前と死んでからの時間に挟まれた閃光みたいなものだよ。

・絶対王政は神に選ばれた王が絶対権力をもつ体制。つまり王=神。その王が死刑になった。国王死刑は、フランスがヨーロッパで唯一「神殺し」を行った国だということを端的に示唆している。

・図書館のデスクで勉強することは、最近ではほとんどない。理由は、パソコンの前に座らないと、何も考えられないようになったせいだ。

・動き出すと、虫が良すぎるくらい都合よく舟が流れてくる。だが、恋愛にも研究にも臆病で腰が重い。よく言えば熟考型。でも本当は自分の「幸運な性質」を恐れているのかも知れない。

・目的が言えないのではない。「なぜそれがあなたの目的になるの?」と問われることを恐れたのだ。

・覚えておきなさい。バレエの世界でプリマを妬まないバレリーナはダメなバレリーナよ。

・最近、自分の言うことを聞かないべつの自分がいる。強くなったということなのか、単に身勝手になってきたのか。

・研究においていちばん重要なのは、実は新しい発見をする人間ではないんだよ。発見に重きを置く研究者は、次の新しい発見に淘汰され、いずれ存在意義を失うだろう。だが、独自性と絶対的な魅力とをもつ者の研究は、どんな内容であれ、そこにスタイルを見ることができる。これが、研究者にはもっとも大事なんだ。

・天才によって書かれた書物以外に、読むべき書物などありません。だから、誰もが天才として文字を書くべきなのです。

・独自の道を進んでいると言い張るおじ様方が、互いの意見にお追従を言い合っているだけの気色悪いダメ学会ってあるからね。

・僕は原典に当たらずに批評だけ読むなんて絶対にしない。それは、研究者として研究対象に不誠実な行為だからだよ。人間も同じだと思わない? 君は僕に直接尋ねればいいことを、先に批評を参考にしてしまった。

・ガラスは存在を認められながら、一方で透明であることを求められる。生まれながらにして矛盾を孕んだ悲劇的な存在だ。

・眩しさのことをグレアって言ってね、このグレアにはいくつか明るさによる分類があるんだけど、そのなかに「不能グレア」と呼ばれる領域がある。不能グレアは、要するにあまりの眩しさに網膜が正常に機能しなくなる状態。

・言葉なんてどのみち誤解されるんだ。相手がいいように解釈すればいい。



黒猫の接吻あるいは最終講義

黒猫の接吻あるいは最終講義

  • 作者: 森晶麿
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/05/24
  • メディア: 単行本



タグ:森晶麿
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