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『ぼちぼち結論』 [☆☆]

・地方の活性化などと称しても、人がいなければ話にならない。

・「お前は変なヤツだなあ」といわれて、「エッ、どこが」と怪訝な顔をしているのが個性であり、「私の個性はこれです」などと主張するものではない。

・相手の個性を発見する目が貴重なのであって、個性自体が貴重なのではない。

・吹けば飛ぶような小泉が靖国に行くか行かないかで、人口10億を超える大国の中国政府が振り回されてしまう。なんと小泉とは、巨大な人物ではないか。

・戦後の新聞は国体という言葉を、国民体育大会の略語にしてしまった。

・「戦前の中国政府が、今の中国政府のように、もののわかった民主的な政府だったら、日本も侵略戦争なんかしなかったと思うんですがネェ」くらい、若い世代の政治家はいえないものか。

・後ろめたいことは、大切なことである。極端な善に走らなくなるからである。

・韓国や中国が反日をいうのは、国民国家として若いからである。それまでは国民国家としての体をなしていなかったから侵略を受けた。それがわかれば、他人のせいにするのは大人ではないことに、いずれは気づくはずである。

・ホリエモンが一番いじめた相手は、亀井さんであろう。あの人は警察関係である。それなら警察の上の方からしっぺ返しがくるのは、いわば当然でないか。

・アフリカの人がテレビに出ると、「眼がいい」と感心する。そうではない。あんたの眼が悪いのである。そう思うべきなのである。

・排出権取引業者の「自由」は、温暖化ガス排出規制という「不自由」の上にのみ成立する。自由とは、じつはすべてそういうものなのである。

・秩序はかならずそれだけの無秩序を生み出す。

・誤解で損をするのは、誤解している本人である。誤解された方ではない。山で道を間違えれば、遭難するのは本人である。

・はじめから証拠を挙げようがない行為を禁止しようというのは、単なる精神運動である。

・細かいことを、あれこれ禁止するのは、なんでもない。しかもそれによって、「なにかをした」という気分になれる。そこに「そうしないのは非国民だ」という伝統が加わったら、もはや手のつけようはない。

・政治は「他人に頼る」典型的な仕事である。ともかく他人がいうことをきいてくれなきゃ、そもそも話にならない。選挙なんて票数で決まる。

・社会システムは、トップがどうなったからといって、変わるような不安定なものではいけない。

・政治が新聞の一面のトップになるのは、「まつりごと」だからであろう。つまりお祭り騒ぎなのである。

・個人としての政治家が偉いということは、実は社会システムが未熟だということである。システムがよくできていれば個人はさして偉くなる必要がない。システムの出来が悪いから、「偉い個人」が必要になる。

・言語化できなければ、さらに「情報化できなければ」、検索なんてない。つまり検索以前に世界がある。それは「まだ情報化されていない」世界のことである。

・ウェブ的でないものとは、なにか。「まだ情報化されていない世界」である。それを情報化するのが研究だと私は思っていた。

・感覚から入るものは千差万別であって、同じものは一つもない。だから人はそれを情報化しようとする。それは「同じ」にすることである。

・大人が本音で大切にしていないものを「大切に」なんていっても、子供は聞いていない。聞くわけがない。

・産んでくれなんて、頼んだ覚えはない。若い人はそう思うものである。しかし、世界は自分の意思で動いているわけではない。その世界にわれわれは後から参加させられる。だからこそ人は生涯にわたって、世界を学んでいくしかない。それこそが人生そのものではないか。

・「自分に合った仕事を探し」たりする。世の中はあんたの都合で仕事を用意するわけじゃない。

・いい歳をして「乃公出でずんば」などと思っているから、やめそびれて、遭わなくてもいいはずのいじめに出会ったりする。

・日本人の自殺は、もともと共同体から抜けるための儀式だった。つまり世間は死ななきゃ足が洗えないのである。

・パソコンを使っていたら、音が気になるからやめてくれと、他の客がいっていると、車掌がいいに来たことがあった。パソコンを打つ音が気になるようでは、精神科を受診した方がいいのではないかと思ったが、いうのはやめた。

・基礎的な研究をする優秀な科学者なら、あんな仕事は本気でやらない。研究費が出るからやったので、その金を出した側には、なにかの思惑があるに違いない。

・60歳を過ぎたら、タバコを吸おうが吸うまいが、余命に関係はないというデータがちゃんとある。糖尿だって同じである。

・タバコでいうなら、吸う人と吸わない人の平均寿命を比較したデータがあれば、いくらか納得する。でもその結果はほぼわかっている。差がないか、吸う人が長生きであろう。なぜなら病人はタバコを禁じられるからである。

・現代人はすぐにデータを出せ、という。そういう態度だから、データさえ出せばいいんだろ、という人たちが現れる。おかげで納豆でも騙される。

・いまの子供たちは、消費者として学校に入ってくる。というより、消費者として人生に登場するといった方がいいかもしれない。

・教育の本質は、諸行無常の世界にある。人を変えていくのが教育だからである。

・人は一直線にものを考えるのではない。一直線に考えたように表現するのである。さもなければ、話が面倒になって、相手に伝わらない。

・感覚は唯一のリンゴを捉えるが、概念はそれを曖昧にしてしまう。その曖昧さに満ちた世界を文明というのである。

・「わかりません」というのは、一面では相手に対する最も強い反論なのである。学生が教師に「わかりません」といったら、徹底した拒否とも受け取れる。

・温暖化が人為的であるか否かについては、ゴアは議論の余地はないとする。しかし穏当な判断としては、「他に考えられる理由が見つかっていないから」とすべきであろう。

・多くの人の利害に関わる問題では、政治家がなにをいうか、その内容自体が重要なのではない。なにを「いわないか」が重要なのである。

・他人の不幸に気づけば、自分の幸せが減る。だからいつもあまり幸せそうな人は、バカに見える。他人の不幸に、一切気づいていないように思えるからである。

・日本人の寄付で学校が建った。そこに日本の子供たちが、国際交流と称して来ることがある。見ていればわかるが、そういう子供たちは、現地の人をすでにバカにしている。子供は正直だから、態度にそれが見える。

・アメリカ文明とは、エネルギー依存、石油依存文明なのである。しかもその基本原則は、原油価格を一定にしておく、というものである。アメリカのいう自由経済とは、原油価格の一定、少なくとも原油価格安定の上での「自由」である。

・古代文明はすべてエネルギーを木材に頼った。だから四大文明の故地は、現在ではすべて荒れ地である。森林を再生不能になるまで切ったからである。

・同じ性能を持つ人間なら、アメリカという環境の方が効率よく仕事ができる。アメリカ人は欧州人の2倍、日本時の4倍、中国人の40倍、エネルギーを使えるからである。

・倫理的な人物は、最悪の状況に対して、思考停止に陥る可能性が高い。なにがなでも半減だ。などという政策を立てる可能性がある。「欲しがりません、勝つまでは」。

・寝ている間と、起きている間で、脳が消費するエネルギーにほとんど差はない。寝ているのは「休んでいる」のではない。エントロピーを減少させているのである。その間に秩序活動である意識は「存在しない」。



ぼちぼち結論 (中公新書)

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  • 作者: 養老 孟司
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
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