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『黒猫の回帰あるいは千夜航路』 [☆☆]

・人の心なんて自然災害みたいなもの。些細なきっかけで、守られてきた日常を簡単に壊してしまうのよ。

・どちらかが、必ず先に亡くなる。ともに生きるとはそういうことだ。

・ポオは既存のテクストに新たな要素を加えて、科学と魔術の近似性を説く。種を知る者には科学だが、実在も種も知らぬ者にとっては魔術になる。

・王の役割は天変地異──あるいは、恐怖(テロル)。神から王位を授けられている以上、王の<気まぐれ>は神の領域、自然の産物なんだよ。

・どれも長時間に及ぶ大作ばかり。それにも拘らず人々はワーグナーのオペラを求めるようになっていく。そこには、宗教に救済を見出せなくなった人々が、ワーグナーのオペラに救済を見出したという背景があった。

・目の前で起こった出来事をなかったことにしてしまえるのは、自分のいいところ。不都合な真実は見なかったことにすればいい。

・思えば、子供の頃から親が誰かと口論するのを見ずに育ったせいなのかもしれない。醜いことは、たとえ目の前にあったとしても、ないふりをしておく必要がある。母は、言葉ではなく、態度でそう教えてくれた。

・人と人の本当の絆は死なないとわからない。

・幸福とは絶望に似ている。あるいは、絶望が幸福に似ているのか。どちらでもいい。私は絶望の底にいる。そして、とても幸福だ。この世界は希望に溢れていて、同時に絶望的なのだ。

・自転車は大好きだ。自分を知らない世界へ連れていってくれるから。もっともっと違う景色が見たい。そうでないと、本当の運命なんてわかるわけがない。

・笑いというのは時代や喜怒哀楽を媒介したり、価値観を破壊させたりして理性に揺さぶりをかける精神の運動らしいの。そして、芸術が人の価値を刺激するものである以上、<笑い>は諸芸術に深く関わっているそうよ。だから、たしょう技巧に問題があっても、笑いを発生させるコメディアンがいろんな芸術に挑んで成功を収めることには、何の不思議もないそうよ。

・悲劇は憐憫や愛情を誘ってこそ成立します。言い換えると──同じ状態でも、同情をもって見れば悲劇になり、無関心に眺めれば喜劇になる可能性がある。

・漫才って遡ると案外歴史が古くて、もとは<萬>に<歳>で<萬歳>と呼ばれ、平安時代からある新年の行事みたいなものだったのよ。その頃は口上を述べたあとに、一人が歌や舞を披露し、もう一人が合いの手のように鼓を叩く、という音楽に近い形式だったの。

・欧米人にとって牡蠣は、日本人とは違ってある意味特殊な地位にある食べ物だよ。彼らは海で獲れたものは通常火を通さないと食べない。だが、牡蠣だけはレモンを振りかけ生で食べることを喜びとしていた。それは生き物を生で食べない彼らにとって極めて特殊な行為と言えるだろう。

・これから先、コンピュータと天才の能力が互角になった時に、絶対的に天才がAIには敵わないことが二つある。時間とコストだ。

・AIはハイクオリティの作品を短期間で制作するようになる。もしも芸術家と遜色のない出来栄えをAIが安価で提供できるようになれば、芸術家の作品をわざわざ求める需要自体が、ゼロにはならないまでも、激減するのは間違いないだろうね。

・八割をAIが担ったところで何も問題はない。それに、人間の発想の仕方も、AIの参画によって変わるはずだよ。

・意味がないことと空疎であることは同じではないんだ。酔っ払いの戯言のように、意味は不明でもその奥に苦悩や悲哀、そしてひとすくいの喜びが見え隠れするのがジャズだ。

・ある人物が想定外の行動をとる。その行動が、ある種、小粋であれば、それはジャズだろう。この子粋であるというところはジャズをジャズたらしめる重要な要素でもあると思う。



黒猫の回帰あるいは千夜航路

黒猫の回帰あるいは千夜航路

  • 作者: 森晶麿
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/12/08
  • メディア: 単行本



黒猫の回帰あるいは千夜航路 (早川書房)

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  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/12/15
  • メディア: Kindle版



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