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『戦艦大和講義 私たちにとって太平洋戦争とは何か』 [☆☆]

・主権線は国境線で、利益線は軍事的な防衛ラインです。その「利益線」が朝鮮半島でした。

・文書は独り歩きするという歴史と政治の鉄則があります。当面の方便としてではあれ「アメリカと戦争する」と記録に明記してしまうと、後で国際情勢が変化して本当にアメリカとの対立が深刻化した時に「いやあれは単なる方便で、本当は勝つ見込みがないから戦争できません」などとは口が裂けても言えなくなります。

・水中聴音機をイギリスから提供されますが関心を示さなかったため技術開発も進まず、これがのちの太平洋戦争でアメリカ潜水艦隊により甚大な被害を被る一因ともなります。

・君らはよく「こうしたら勝つ」などと言うが、戦争で勝つということは相手国が手を上げるんでなければ、本当の勝ちとは言えない。いくら自分で勝ったと言ったって、向こうが負けたと言わなきゃ勝ちではない。

・国防というものは攻め込まれないように、守るに足るだけでいいのだ。

・「かえってアメリカの属国になりゃ楽になるかもしれんぞ」と言っていた、というのです。老人たちはアメリカとの戦争を望んでいますが、それはあくまでも不景気で行き詰った生活が楽になるためであり、そのためなら別に負けたっていいというのです。

・彼らにとって戦争は儲かるものであり、「敵国」であるはずのアメリカは自分たちよりも圧倒的に豊かで寛大な、変な言い方ですが信頼に足る国でした。

・戦艦は決して敵前上陸は行なわない。敵前上陸するものは輸送船に積まれた兵員と、戦車その他の兵器類だったからです。

・なぜ、憎むべき敵アメリカに味方の最高機密を喋ってしまったのでしょうか。日本軍は降伏を厳禁していたので、捕虜になったとき何を喋っていいか、いけないかを教えることもありませんでした。

・日本兵捕虜たちは、米軍から受けた厚遇という「恩」を返そうとばかりに、機密事項をやすやすと喋ってしまったのです。

・彼らは、後に残った人も必ず自分の「後に続」いて特攻し、美しく散って最後の勝利を実現してくれると心中「固く信じ」たからこそ、出撃したのではないしょうか。死の平等性が特攻の推進力となっていたのです。

・私たちは命を惜しんだ裏切り者の末裔、ということになります。

・靖国へは謝りに行くべきでしょう。「英霊」たちはもう口をきかないけれど、「総特攻」しなかった卑怯者の日本人に怒っているかもしれません。

・兵器はあくまでもその「技術」ではなく「戦功」で評価されるべきであり、大和などは作っても無駄だったということです。

・『戦艦大和ノ最期』は叙事詩ではなく、叙情詩だと思います。叙情詩としては実に素晴らしい本です。しかし、やはり、ノンフィクションではありません。戦争文学です。

・当時の国内政治状況では、大和をはじめとする「戦力」を使い切らない限り、降伏を言い出すことは誰にもできなかったのです。

・『ウルトラセブン』の「セブン」は、アメリカ海軍第七艦隊の七に由来するという説があります。

・「戦争は悲惨だ」から繰り返すなというばかりで、なぜその悲惨な戦争が起こったのかは特に考えられていない。

・ヤマト時代の日本人は総じて、戦争の危険性や国防の必要性は感じているものの、受け身で他人任せというか、「身を以て国を守る」的な気概は薄いといえます。

・戦時下、各工場が熟練工不足に直面して従来の出来高給を非熟練工に有利な時間給に改めた結果、労働者側からするとお国の「滅私奉公」という掛け声とは裏腹に、適当にサボっていてもお金がもらえることになったというのです。

・21世紀の今日、日本人は戦後民主主義下でひたすら戦争や国家を「悪」と厳しく指弾するばかりだった、冷静にその意義を考えたり教育したりしてこなかったから平和ボケしている。

・『機動戦士ガンダム』が未だに親しまれる名作である理由の一つが、確かにガンダムは大活躍するけれど、戦争の大勢を決するのはあくまでも主力部隊同士の決戦というリアリズムにある。

・日本にとっての1990年代とは、「アメリカが世界最大の債務国となり、日本が世界最大の債権国となった10年間」であり、その末期は「後に「バブル経済」と言われるようになる過信と傲慢の時代」でありました。

・なんでも架空戦記の世界でまだ描かれていないのは、大和がドリルで地中にもぐる話だけとのことです。

・安易にヒューマニズムに目覚める人は、実に簡単に鬼となる。感動巨編のドラマに涙を流していた同じ人間が、某宗教に入れば殺人者に変身する。

・かなり詳しい軍事知識に基づく各艦のスペックや戦史が羅列され、知識(自慢?)欲旺盛な消費者の需要に応じようとしている。

・旧日本海軍の軍艦にはそれぞれ艦内神社があり、艦名と縁のある神社の祭神を分霊して祀っていました。

・彼らが零戦について語りたかったことは二つありました。一つは自賛です。もう一つは弁明です。

・機体を極限まで軽くして空戦に勝つという零戦の設計方針はあくまでも海軍が求めたものであり、自分たちはそれに従っただけ、と言いたいのでしょう。

・堀越の本は自分の作った零戦が空戦に負け、日本が戦争に負けたことへの言い訳、責任回避のために書かれました。悪いのは日本という国家の上層部、もうしくは国民性であるということです。

・歴史を学ぶ皆さんに覚えておいていただきたいのは、当事者の「証言」はこのように不都合な事実を隠し、責任逃れや言い訳のために書かれているかもしれないということ。

・日本人は、全体最適が出来ず、局所最適化に走る傾向がある。

・日本はテレビや半導体といったかつてのお家芸で台湾や韓国メーカーに惨敗した理由は、日本人が今も昔も目前にあるモノに職人芸を発揮して大局的に物事を見ることができないから。

・人間、何か自分を映すものを得てはじめて自分の姿を把握、安心することができます。それゆえ何らかの鏡を必要とします。日本人にとっての鏡は、戦後ずっと慣れ親しんできた零戦や大和であり、「歴史」なのですね。

・誰が「過ち」を犯したのか、誰が「繰り返さない」のか、それがあの「広島原爆慰霊碑の」碑文ではわからない。責任の所在をこんなふうにあいまいにするのが日本人。

・猛獣の殺害を命じたのは軍人ではなく文民の東京都長官・大達茂雄でした。さらにいうと、殺害は空襲が始まったからやむを得ず行なわれたのではなく、空襲が始まるかなり以前(1943年)に国民の精神引き締めのために先走って行なわれたことでした。

・戦争は人が死ぬから「むなしい」のではなく、無駄金がかかるから「むなしい」のですね。



戦艦大和講義: 私たちにとって太平洋戦争とは何か

戦艦大和講義: 私たちにとって太平洋戦争とは何か

  • 作者: 一ノ瀬 俊也
  • 出版社/メーカー: 人文書院
  • 発売日: 2015/04/07
  • メディア: 単行本



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