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『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』 [☆☆]

・主語が「私」や「僕」などの一人称単数から「我々」や「わが国」など群れをシンボライズする一人称複数や集合代名詞に変わり、その帰結として述語が暴走しやすくなる。

・主語が複数となったときに述語は暴走する。威勢がよくなる。

・ライオンの側から撮られたドキュメンタリーは、生きるために彼らが行なう狩りを正当化する。でも獲物の側であるトムソンガゼルの側から撮られたドキュメンタリーは、ライオンを残虐で危険な存在として描写する。どちらも嘘ではない。どちらも事実だ。でも視点によって世界はくるくると変わる。

・僕たちはメディアによって事実を見せられているのではなく、事実に対しての視点を見せられているに過ぎない。でもこれ(リテラシー)に気づきながらメディアに接する人は少ない。

・ベトナム戦争当時の人たちは、1秒の何百分の1という瞬間が定着した写真を見ながら、この写真が撮られる前、撮られた後、あるいはフレームの外の状況を想像した。写真とはそういうメディアなのだ。だから喚起される。

・緻密な計画や予測が背景にある謀略は、アクション映画化スパイ小説の中だけだと思った方がいい。リアルな謀略のほとんどは、偶発的なきっかけや思いがけないハプニングから始まっている。

・ワシントン州やカリフォルニア州を含めて半数近くの州では、重罪の前科が2つ以上あって更に3度目の有罪判決を受けた場合、それがどんなに微罪であっても終身刑が科せられるという三振(スリーストライク・アンド・ユー・アー・アウト)法を導入している。

・非当事者である彼らがそれほどに居丈高になることの大義は、東海テレビは「被災者や遺族を踏みにじった」との理屈だろう。つまり被害者の聖域化だ。

・撃沈されることをわかりながら戦艦大和が出航した理由は、御前会議における天皇の「海軍にはもう船はないのか」との質問を、「最後の一隻まで戦え」との意思だと海軍最高幹部が思い込んだことが原因だとの説がある。

・でも昔から人は渦中では気づかない。気づくのはいつも事後だ。

・優れた猛獣使いは、自分がコントロールされていると猛獣に思わせないままに猛獣をコントロールする術に長けている人である。

・マイケル・ムーアは、黒人や先住民族を加虐してきた建国の歴史があるからこそ、アメリカ市民は銃を手放せないのだと主張する。報復が恐い。つまり銃を手元に置く人は勇敢なのではない。臆病なのだ。



「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい―――正義という共同幻想がもたらす本当の危機

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  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2013/08/23
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「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい

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